滅びるね

深夜に、リメンバーミーを見ています。半寝でこれを親指でするすると打っています。


言葉が存在し始めたのはどんなときで、どうして生まれたんだろうか。そんな疑問を持っていた。

好きなバンドのライブの後、ギターの方とお話をした。「言葉って嘘つくためにあるんじゃないなあ、って言われたんだよ」ボーカルの方が言ったんだって。今私がいうと嘘みたいだけど、私もそんなふうに考えたことがあったから驚きと喜びと、このバンドに出会ったのはこうゆう小さな思考や感覚の繋がりがあったからなのかななど、感じた。

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感情は伝えようとすれば言葉がなくても音楽や表情で伝えることができるんだよ。じゃあなんで言葉があるのって、嘘だよ。音楽でも表情でも嘘をつくことはできないから、だから言葉で嘘をつくんだよきっと。

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と、メモしてあって、だからそのあと、ちょっとしてからそれを外に出した。同じじゃないかもしれないけれど、私はそんなふうに思っていた。


言葉ってその場所のものじゃなくて、一度生まれたらずっと残ってしまうものだと思う。例えば嘘も、嘘をつかれたという事実が残り続けるし、励ましもその人を支える柱となる。

あなたのくれた美しい言葉やひどい言葉は、あなたがいなくなったあとも、私を励ましたり傷つけたりしている。嬉しいことに、または残念なことに、言葉は滅びないね。

リメンバーミーでママココが歌うシーンや消えていく記憶と蘇る骨を見ていて思った。その時にくれた言葉や言葉を含む音楽は、滅びない。命は滅びるものだけれど、言葉は残る。思い出すことができる。

それじゃあ、言葉は、滅びる者を滅びないものとするために生まれたのかもしれないなあ。


私が綴る言葉は、誰かの何かになっているのだろうか。

その時のものではなく、その時からのものになれているのだろうか。どうなんだろう。


人と会話をするのが上手くなくて、こう言おうか、これは良くないか、この言葉は、そう考えてしまって、私の嫌いなところだ。だ、けど、ちゃんと言葉を残そうとするのなら、それは正しいのかもしれないね。

だれかを騙すための言葉も、誰かを支えるための言葉も、残すための、消えるための、伝えるため、受け取るため、愛のため、自分のため、それから何も考えずに発した言葉も。どれにだってちゃんと重さはあって、それを抱えるだけの手は私たちにあって、

言葉にしない罪も、言葉にしない美しさも。言葉にしないことの意味もあるけれど、やっぱり私は言葉にしたい。言葉にはちゃんと言葉にするからこそできる、言葉にしかできないことがあるから。だから生まれた。


生まれてきて意味のないものなんてないと思うよ。滅びる命だって、滅びない言葉だって、ね。

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