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「タナカさん、逢いませんか?」

人間には、ある特定の場所に通い続けることがある。ある理由で僕にもそんな時期があった目に入った古本屋に片っ端から入っていった時期があった。

ある時、買った本の隙間に身体検査の結果の紙が挟まっていた。そこには、惜しみなく、ある女性の体重からウェストまで書いてあった。「タナカ」と言う文字を添えて。初老くらいの年齢で、細身であった。僕はその紙を不気味なものだと判断して、すぐに丸めて捨てた。しかし、思い直してゴミ箱から取りだし、また広げた。どんな人物なのだろうという好奇心を抱いて。

それから数ヶ月。古本屋に通う理由も無くなって、しがらみから解放されたように街を歩いていた。見覚えの無いし、興味も惹かれないような女性とすれ違った。僕の中で何かが動いた。その初老で華奢な女性を見て。声をかけようかどうか迷っていた。しかし、僕はそんな度胸を持ち合わせてなかった。こっそりとどこへ行くかついて行ってみることにした。あるビルに入っていった。どうやらそこが仕事場らしい。この街にいるのなら、またいつか会える。僕はそうとだけ思い、家へ帰った。なにか、成し遂げた気分だった。まだ何も始まってないのに。

眠りから覚めた。そのビルへ行こう。新しい靴を履いて、いい服を着て、髪の毛を整えて家を出た。

驚く事に、ビルは無くなっていた。

周りの人に尋ねても、そこには昔から何も無かったということだけ。

急いで部屋へ戻り、引き出しを開けた。あったはずの、女性の存在証明は消え失せていた。

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