「今 同じこと言おうとしてた」の魔法
友達、彼(彼女)、夫婦、親子、同僚、上司、後輩。
二人で話していて、
「あ、今、私も同じこと言おうとしてた!」ってやつ。
もしくは、同じことを同時に口に出して、ハモっちゃうやつ。
あれ、なかなかにお互いの関係を強固にする現象だと思う。
かつて、大好き過ぎて、友達や妹と行っただけでは飽き足らず、さらに追加で一人でもライブ参戦したことのあるSpitzの「ロビンソン」でも歌われているくらい、恋愛においては特に、二人の距離が近づく王道のきっかけエピソードだ。
恋愛でなくても、仕事や友人関係の信頼を厚いものにするのは間違いない。
まぁ、同じ発想をするようになるのは、そこに至るまでに、同じ空間や環境、同じ目的に向かって積み重ねていくこと、を共有してきた「過程」があるからこそなんだけれど。
私たちは、その「過程」を意識から吹っ飛ばして、Spitzも歌っているように「魔法」や「運命」という付加価値をつけたくなる。
もちろん「魔法」「運命」、その言葉の持つ意味に後押しされて、さらに関係をプラスに受け取ることは、とても大事なことだ。
喜怒哀楽を上手く昇華させるために、音楽や詩、アートと寄り添うことは、大切で、素晴らしいことだ。
* * *
でも。
そんな二人でも。
全く逆の発想が出ることが、あるのだ、必ず。
真っ向から対立する発想。
そんなとき。
自らかけていた「魔法」や、自ら同じ道の上、「運命」と感じていたものが、その一瞬で、崩れて消え去ってしまった、と感じたことはないだろうか。
私はある。
恋愛においても、職場においても。
若かったなぁ、と思う。
人にはそれぞれいろんな要素があって、同じところもあれば、違うところもあるのだから、些細な正反対を見つけても、大したことなんてない。
そもそも、自分とすべてが同じ存在なんて、よく考えたら興味を持てないのではないだろうか。
なのに、自ら増大させてしまっていただけの、なぞの「魔法」の存在によって、そんな単純な事実を忘れ去ってしまっていたことがあったのだ。
若かったなぁ、と思う。
* * *
現在、職場というものに所属していない私が、我が夫婦に関して言えば。
今は、同じ台詞を口にしても、ちょっと笑い合うくらいになったし、正反対の意見を言っても聞いても、消え去るものはなくなった。
お互い具合が悪いと喧嘩にはなるけれど。
むしろ最近は、喧嘩をしても、一瞬で消え去るようなものがない代わりに、今まで積み上げてきた何かが崩れてしまっても、また二人で、それを積み上げ直していけている。
その状況にこそ、そこまでの私たちの「過程」の重みと、大きな「魔法」の力を感じている私がいる。
同じことを言っても、正反対のことを言っても、崩しても、一瞬で消えることなく、また欠片を積み上げていける「魔法」。
私だけでは使えない、二人だからこそ使える「魔法」がそこにはあるのだ。
積み間違うこともある。
途中で崩れることもある。
でも、積み直すことができる。
積むことを楽しめる二人であれば。
そうやって私たちはまた、日々を「過程」を積み重ねていく。
「魔法」をかけ続けられるように。
* * *
あ、「ロビンソン」の「宇宙の風にのる」って、もしかしたら、そういうことなのかな。
久しぶりに聞いてみようかな、「ロビンソン」。