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シームレス

片づけておくよう、約束したはずなのに。
見つけてしまったんです。でもあの人は平気なんです。全然。もともと私の元カレのパンツを履けるような人だから平気なんだと思います。とラウンジで声を押し殺した幸子は、金曜の夜に発見したおパンティのことを打ち明けた。
「それは怒ってもいいんじゃないですかね」
「でも、怒ったり、騒いだりすると馬鹿みたいじゃないですか。せっかくの週末なのに」
「だけど、腹が立ったんでしょう」
「立ちましたよ、滅茶苦茶に、むかつきました。むかついたし、後からどんどんものすごく、悔しい」
「ご結婚の約束をされているのであれば慰謝料の請求も出来るケースはありますし」
むかつきましたと喋る舌が、むかつく傍からもつれてしまい口の端から泡が噴き出した。大丈夫なふりは無理だった。悲しいとか悔しいとかくだらないとか、言葉にしていくうちに、握っていたカップを捻じり潰してしまいそうになった。中身をぶちまけて、捩じ切った取っ手であたりかまわず殴りつけたい。カフェオレはもう冷めていた。
「どうしてこんなに悔しいのかわかんないんです。片づけて、って言えばいいだけなのに。何なら自分で捨ててしまえばいいだけなのに。泣いてしまって、なんで私が泣かないといけないのか、ってああそれも悔しくって。悔しくって。昨日は一言も口をききませんでした」
 切り刻むとか火を着けるとか、あとかたもなく消すことを考えても。
「これ以上、やっていける自信が」

「五反田で、小さい事務所を」
小宮と名乗ったその人が本当に小宮というのかどうかは、知らない。
名刺を切らしているからと、紙ナプキンにアドレスを書いて寄越した。困ったことがあったら、と言っていたからすぐにメールを送った。わからないことがあって、というのは体のいい口実で、なんとなくもう一度ことばを交わしてみたかった。弁護士だともいっていたけれど、本当かどうかは、どうでもよかった。

いえあなたそれはやっぱり伝えた方がいいですよ、と真顔で慰める小宮さんに聞いてもらっているうちに、幸子は、自分が何に腹を立てているのかがだんだんわからなくなってきた。耳から滑り落ちる髪を、せわしなく耳にかけ直した。目にしたパンティが嫌なのか、パンティを忘れた女が嫌なのか、捨てていないタマヒコが嫌なのか、パンティごときで腹を立てる自分が嫌なのか、同棲を申し出た当人が、残骸を処理しきれていないのはどういうことかと詰め寄れば、そもそも捨てていないというのは重視していないことのあらわれであり、ただの物質でしかないパンティなどそこに在っても構わぬではないかと開き直るタマヒコの無神経さにうんざりしていた。釈然としなかった。それに、なにより、パンティを置いて帰るような女には腹が立つし、それがわざと置いていったものであるのならばとても許せないし、置き忘れてしまったのならばいささか気の毒な気もするけれど、履かずにどうやって帰ったのかとおもえばあきれてしまうよりほかはなくどうして他人の家でパンティを脱がなければならないのか。威嚇用なのか、とか、そもそも、パンツを脱がなければならない状況を想像すると気が削がれるというか、嫉妬してしまうというか、むかついて、眼帯くらいの布で何を隠すつもりなのかと、その紫の儚い色味の、マカロンカラーの美しい三角形を捨てきれないまま、結局それを身に着けて、これから小宮さんに抱かれようとしている幸子は、日曜日の午后に、いま、高鳴っている。
                              (了)

🐸 今回は、こちらの企画「古賀コン3」に参加させてもらいました(初)。🐸

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