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なぜドイツ直流の開拓使麦酒が「ボヘミアン」で受賞したのか?

札幌の Beer+MaltWhisky バー「Maltheads」(モルトヘッズ)です。

札幌市のマイクロブルワリー「開拓使麦酒」がビールのコンペティション「International Beer Cup 2021」で銅賞を受賞しました。開拓使麦酒は、今のところ札幌市以外では飲むことが難しいローカルビールです。しかしあえてこのビールが受賞した背景を分析することで、このビール自体の良さと審査の客観性を見ていきます。

ビアジャッジに行ってきました

International Beer Cup 2021にジャッジ(審査員)として参加しました。

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出品ビール943銘柄(8か国)を2日間かけて55名のビアジャッジで審査します。通常は100名近くいるそうなので、相当にタイトです。

実際、筆者も合計103種類のビールをジャッジングしました。ビールはワインや日本酒の審査と違って吐き捨てることなく飲み込まなければならないので、身体的にも大きな負担があります。加えて、ビールを出品するブルワリーは審査料を支払って出展しますので、その責任感もあって精神的にも大変です。

「美味しい/不味い」ではなく、「ビアスタイルガイドライン」というビアスタイルの基準と照らし合わせる審査方法です。出展者はあらかじめビアスタイルを指定して出品しています。ビアスタイルは122種類あり、「フリースタイル」も色・酵母別にあるので(補足説明もできる)、どれだけオリジナルな造りのビールでも審査ができます。

結果はこちら。

http://beertaster.org/medal/ibc2021_award.pdf

金銀銅で1賞に重複はなし。ただし「受賞なし」はありです。

「オフフレーバーの有無」→「スタイルとの合致」 とふるいにかけていって、受賞ビールを決めます。オフフレーバーがない「美味しい」ビールでも受賞しないビールはあります。逆に言えば、このリストに入った受賞ビールは確実に「美味しい」ビールです。

金賞が少ないのですが、その基準が「そのスタイルを代表する味わい」だからです。飲みやすさや個性化のためにアレンジを加えることがありますが、その場合そのアレンジがよほど秀逸でない限りは、「銀賞」となるケースもあります。

ビアスタイルというのは、過去のいろんなビールの積み重ねの結果ですので、歴史的蓄積を超えるだけの説得力がなければならない、と言うことです。

開拓使麦酒が「ボヘミアン」で受賞したワケ

さて今回、札幌の「開拓使麦酒ピルスナー」が「Bohemian-Style Pilsener」スタイルで銅賞を取りました。

(何気なくリンクを張った後で気づいたのですが、とても読み応えのある内容でした。無記名ですが端田晶さんが書かれたのかな?)

札幌開拓使麦酒と言えば、サッポロビールの創業地(札幌市北2東4)に建てられたマイクロブルワリーです。そして大元の開拓使麦酒は、エールビール中心だった明治初期において、初めてドイツ風のラガービールを本格生産した醸造所でもあります。初代ブルーマスターの中川清兵衛も、2代目ブルーマスターのマックス・ポールマンもドイツで修業しました。

「Bohemian」ボヘミアンとはチェコのことで(QUEENとは関係がありません😆)、「ボヘミアン・ピルスナー」はチェコ発祥のビアスタイルです。代表的なものが「ピルスナー・ウルケル」です。

ラガービール(下面発酵ビール)はドイツ(のババリア地方)で生まれましたが、ピルスナーはチェコ(のボヘミア地方)で生まれ、それがドイツに逆流して「ジャーマン・ピルスナー」が生まれます。ピルスナーの発祥はチェコですが、ドイツに逆流した時に別のピルスナーに発展します。「イングリッシュIPA」と「アメリカンIPA」が違うように、生産地に関係なく発祥地に因んだ味でかなりの違いがあります。

で、ようやく本題です。

ドイツを模範とした札幌開拓使が「ボヘミアン」ピルスナーで受賞するのはおかしいのではないか?と疑問に思う人もいるかもしれません。実際に筆者のTwitterでフォロワーの方がそういう疑念を上げていらっしゃったので、このようにお答えいたしました。

ではもし、開拓使麦酒が「ジャーマンスタイル・ピルスナー」で出品していたらどうなったでしょうか?

ジャーマンスタイル・ピルスナーの色度数は「3~4 SRM」です。最近のビールで分かりやすく例えると「アサヒ生ビール(マルエフ)」の色合い。「このビール、色薄いな」と感じさせる色合いです。

一方、ボヘミアン・ピルスナーの色度数は「3~6 SRM」です。今年の2月に話題となった「開拓使麦酒仕立て」は、5~6 SRM ありました。「ちょっと赤みがかっている」と感じさせる色合いです。

参考記事:

前半に書いたとおり、ビアジャッジは完全に匿名のビールを「ビアスタイルガイドライン」を基準に審査します。「ジャーマン・ピルスナー」でそれだけ色合いが違っていたら、間違いなく「スタイル外」という判断を下すでしょう。そのビールがどれだけ美味しくてもです。その厳密さが客観性の担保なのです。

今回、開拓使麦酒を出品した責任者は、おそらくこの「ビアスタイルガイドライン」を丹念に研究されたと思います。そしてこの色度数のわずかな違いに気が付いたのだと思われます。

そして筆者が一番感心したのが、醸造所の歴史的な経緯をあえて見限ることで受賞のチャンスを広げた、と言うことです。

開拓使麦酒ピルスナー自体は、中川清兵衛やマックス・ポールマンの明治期のレシピを参考にしているはずです(*)。その時代は、1842年に生まれたボヘミアン・ピルスナーが、ドイツに渡って「ジャーマン・ピルスナー」として確立する過渡期です。当時の色合いが今よりも濃いのは、トリプル・デコクション(3度煮沸)や麦芽焙燥の技術から考えれば、むしろ当然のことです。ジャーマン・ピルスナーの色が極端に薄くなったのは、開拓使がビールを造り始めた後、おそらく20世紀になってからです。

そういう意味では、開拓使麦酒は1860年代という「微妙」な時期のドイツ風ラガービール(←ピルスナーではない)を現代に伝える貴重なビールなのです。

(*)開拓使麦酒のレシピが国会図書館にある、という話はmizbaさんのnoteをご参照してください。

もし、開拓使麦酒の責任者が「われわれはドイツ直系の本物のビールだから!」とだけ単純に考えて「ジャーマン・ピルスナー」スタイルで出品していたら、先にも書いたようにおそらく受賞はなかったはずです。

私情に捕らわれずガイドラインを読み切ったことが、この受賞の要因だったのではないかと思います。そこが素晴らしいのです。もちろん、「スタイル外」というふるいを潜り抜ければ正当に評価される!という自信が裏付けにあったのは間違いありません。

それでもやっぱり、「ドイツ風ビールだったビールが、チェコ風ビールになるなんてなんか変だよ」と思う方もまだいるかもしれません。こう考えてみてください。

ブルワリーは「美味しいピルスナーを造ろう」と考えてビールを造ります。ビアスタイルガイドラインに合わせてビールを造るブルワーはいません。

でも、結果として出来上がったビールを審査するときには、必ず「ズレ」があります。自称するビアスタイルと、ガイドライン上の名称が合致しているとは限りません。なぜなら、ビアスタイルガイドラインは高度の抽象化がなされているからです。(今回、「ベルジャン・トリプル」という名前のビールが「ベルジャン・クアドルペル」で受賞した例もありました)

そのズレをどう見極めるか。それを適切にできれば今回の開拓使のようなケースになるのです(オフフレーバーのない美味しいビールであることが大前提です!)。

これは、造り手も審査員も同じガイドラインに沿っているから起きることです。つまり、ジャッジングの客観性が実証されたのだと思っています。

「ビアケラー札幌開拓使」閉店。レンガの内装は2年間見られず

札幌開拓使麦酒のビアレストランである「ビアケラー札幌開拓使」が明日9月末日で閉店となります。建物の耐震補強工事によるもので、工事は2年かかるそうです。

再開後にまたレストランになるかどうかは未定だそうです。というより、柔軟に考えていくそうです。休業・閉店は寂しいですが、歴史的な建物を未来に残すため、と考えれば必要な工事です。再開を待ちましょう。

なお、併設の「開拓使麦酒売捌所」は、工事の対象外となるために今後もビールを飲むことはできるそうです。

ちょうど用事もあり、ビアケラーで最後のランチを食べに行きました。まだ「緊急事態宣言」中のためビールが飲めなかったのが残念でした。

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大正期に建てられたサッポロビール工場の貯蔵庫(トンネル)をレストランに改装したものです。

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そういえば、古地図を見ても「開拓使麦酒醸造所」の場所がハッキリと分かりません。この建物のある北3条ではない、と思うのですが。

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