元カレの歯ブラシを捨てた日
その日は、晴れていた。
ちょうど、夏が少しだけ顔を出したような天気で、
2年前、彼と初めて食事に行ったのも、そんな頃だった。
家に遊びに来ても、
仕事のために必ず0時には帰ってしまうシンデレラのような彼がたった一度だけ泊まった時に、置いていった歯ブラシだった。
もう二度とその歯ブラシを使うことはないと、
彼は知っていたのだろうか。
それなら、少し残酷すぎるんじゃないだろうか。
「捨てる?」と聞いた時、彼が、「置いておいて」と言ったのに。
次はいつになるか分からないその日を、待っていたのに。
それを捨てるのに、全く勇気はいらなかった。
むしろ、彼の記憶まで捨てられたと思った。
少しあと、その傷が痛み出す様子はまるで
包丁で指を切ってしまった時、直後は痛くないのに、じわじわ後からやってくる痛みみたいだった。
絆創膏が見つからず、開いてしまった傷口は、何をするにも痛い。
彼が私に残していったのは、物だけじゃないのだから。
そしてむしろ、今まで当たり前のように存在したその場所に、その歯ブラシが無いという事実が、余計に彼の喪失を際立てた。
取り残された私のピンクの歯ブラシは、とても寂しく見えた。
だから、私は私の歯ブラシも捨てた。
新しいオレンジの歯ブラシは、背筋を伸ばして、その空いた場所に収まった。
何も知らないオレンジに悲しさを悟られないように、私は鏡の前で笑った。