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【連載小説】明日なき暴走の果てに 第1章 #1
遼太郎が柳田正宗と知り合ったのは、大学入学直後のサークル・部活勧誘イベントだった。
遼太郎は中学・高校とやっていた弓道を続けることにし、他の勧誘には一切目もくれずに弓道部に入部申請を出した。
だから勧誘イベント開催時は既に弓道部へ入部済みだった。
正宗はそんな弓道部に見学に来たのだった。
結局正宗は弓道部には入らなかったがイベントの後、正宗の方から声を掛けてきた。
「1年生なんやて? もう入部してはったんか」
関西弁。
その気さくさと相まって遼太郎は振り向いた。
声の主は弓道をやるにはガタイが良く、高校時代は柔道かラグビーでもやっていたのかと思わせる体格だった。
キリッとした顔立ちをしていながらも、愛嬌のある笑顔で更に話しかけてくる。
「かっこえぇなぁ。東京の人?」
「いや…」
「俺、柳田正宗っちゅうねん。酒の正宗。名前だけはかっこえぇやろ」
「あ、僕は野島遼太郎と言います…」
「やめてくれや。1年やろ? 同い年やろ? ため口で頼むわ、遼太郎」
豪快に笑い、早速正宗は呼び捨てにしてそう言う。
「俺は名前だけやけど、遼太郎は名前も見た目もかっこえぇなぁ」
「そんなこと…」
勢いのある正宗に圧倒されっぱなしの遼太郎だった。
学部を訊かれると同じ理工学部ということがわかり、遼太郎は工学科、正宗は数理科学科だった。
「数理か…俺は数学苦手で」
「なに、数学は答えがいっこやからわかりやすくてえぇっちゅう理由だけや。俺はあまり頭よくないんや。曖昧なことやグレーなことを考慮するのに長けてないしな」
「気が遠くなるような長い式を解いて1つの答えを導き出す工程も頭が良くないと出来ないと俺は思うけど…。うちも弟が算数がものすごく得意なんだけどな。俺はそれに似なかった」
「お、弟おるんか。俺もや。そやけどなんや、数学やなしに算数か」
「弟はまだ小学生なんだ」
「ほぉ、えろぉ離れてんやな。かわいくて仕方ないやろ」
「まぁ、そうだな…」
「俺も弟2人おるんやけどな、歳近いから喧嘩ばっかしとったわ。大体兄ちゃんが怒られるしな。なーんもかわいないで」
更に正宗は「せっかくやから一緒に飯でもどぉ?」と言ってくる。圧倒されっぱなしの遼太郎は了承し、学校近くの居酒屋に入った。
お互いまだ "未成年" であるはずだが。
2人は何のためらいもなくビールを頼み、正宗は「まずは出会いに乾杯!」とジョッキを上げた。
「俺まだ東京に出て来たばかりで、右も左もわからんしな。遼太郎色々助けてや」
「俺もまだ…出て来たばっかなんだけど」
「あー、そかそか。どこ出身なん?」
遼太郎は出身県を告げると正宗は「おぉ、同じ西日本圏やったか! 全然訛りないやん」と破顔した。
「そいなら一緒に東京開拓しようや」
「さっきからお前…グイグイ来すぎじゃないか?」
正宗は唐揚げを口いっぱいに頬張りながら「えぇやん、俺こっちに友達おらへんし。せっかくお近づきになれたんやから」と言う。
お近づきになれたのではなく、近寄ってきて離れないが正しいだろ、と遼太郎は思ったが。
「…正宗はどうして東京に出てきたんだ?」
「お、名前で呼んでくれたな。嬉しいわ」
正宗の実家は京都で酒造を営んでおり、名前からも察する事が出来るように、そこの長男とのことだった。
しかし家業を継ぐ気は全くなく、勘当同然で家を出て来たという。家とあまり折り合いが合わない点では遼太郎と似ていた。
「そうなのか…俺も親元をとにかく早く離れたくて家を出たんだ」
遼太郎は実家が旧い家であり、祖父は元軍人、父は県議会議員を務めている関係もあって堅苦しく、更に物分かりの悪さに嫌気が差し、家を出たと話した。
「お~、ほんまに? しかも長男なんやろ? 弟もおる言うてたしな。俺ら、めっちゃ気ぃ合うな!」
正宗は嬉しそうにジョッキを遼太郎のそれにぶつけてきた。
「ウチは男ばかり3人も兄弟おるしな。弟たちが早い頃から率先して継ぐ言うてるから俺はえぇ思うたし、最初はカンカンに怒っとった親父も「勝手にせえ」言い出してな、割とあっさり諦めはったんや。下の弟は年子やし、そやから俺は妾の子なんやろ思うとるのや」
「思ってるだけだろ?」
「んー、そやけど弟たちと俺は、な~んかちゃうやんな。親父もお爺も色男でな。絶対女おった思うとるねや」
そう言ってガハハと豪快に笑った。正宗はこんな風によく笑った。人との距離の詰め方が絶妙に上手く、無礼ギリギリの線を突いて来るが、後腐れない感じから、嫌な気持ちにはあまりならなかった。
「妾の子かどうかは置いておいて…、家業を継がないと言うことか」
「そや。俺は酒造りみたいな繊細な仕事合わへん思うて」
「数学が得意な男は繊細なイメージがあるんだが。それに酒造りもある意味様々な "計算" の元に成り立っているんじゃないか? 俺の勘違いか?」
正宗は右手をブンブン振り「勘違い、勘違い」と苦い顔をして言った。
「遼太郎は見るからにボンボンぽいな。親と仲悪う以外は何の苦労もあらへんのやろ」
遼太郎は何とも答えなかった。
自分は親からの仕送りも手を付けずに返すつもりでいたし、学費も一部のみ出してもらい、あとは奨学金とバイト代で賄っている。
自分の家の事情を話すのは難しい。
ましてや正宗は今日、知り合ったばかりなのだ。
黙り込む遼太郎に正宗は言う。
「お前さん、ほんまかっこえぇな。そうやって黙り込むと絵になるわあ」
「…俺はそっちの興味はないからな」
「やめてくれや! 俺やってないわそんなん」
ジョッキの空いた正宗は「日本酒頼んでえぇか?」と遼太郎に尋ねた。
「自分ちの酒頼むのか?」
「まさか。俺はそんな悪趣味やないで」
そう言って酒のメニューを眺めた正宗だったが「京都の酒がそもそもあらへん」と言い、福島の酒を1合、猪口を2つ、と頼んだ。
酒が運ばれると、正宗は慣れた手付きで酒を注ぎながら訊いた。
「遼太郎、当然もう彼女おんのやろ?」
「うん…いる」
「そやろな! な、写真ないん? 見せてや」
遼太郎はこの男には抵抗し難いと思い、しぶしぶと彼女の写真を見せた。
「うわっ、めっちゃべっぴんさんやん! 髪の色すごいな。キレイな桜色や。これ高校の制服か? 高校から付き合うとるの?」
「うん、遠距離なんだ」
「あ、彼女地元に残ってるん? かわいそうになぁ! こんなべっぴんさん残してきはったら、地元の男に持ってかれてまうで」
「そうなったらなったで、俺よりいいところがそいつにあったってことだから」
「えーなに、あっさり手ぇ引くん? 信じられんわ、こんな子なかなかおらんで」
「俺もそう思う」
「なんや、めちゃくそ惚れとるやんか」
正宗がどつくと遼太郎は「あぁそうや」と関西弁を真似ておどけた。
初対面でこんな話までさせてしまう正宗の魅力に、遼太郎ははまり込んだようだった。
* * *
それから2人は妙に仲良くなり、よく連れ立って歩いた。
たいてい正宗が遼太郎を見つけ「おーい!遼太郎!」と遠くから大きな声で呼ぶ。
京都出身のくせにノリは大阪人のようだな、と遼太郎は思った。
2人は一般教養などの共通講義はたいてい一緒に受けた。
また爽やかなスポーツマンタイプの正宗と、どこか翳のある品を持った遼太郎が並んで歩けば、理工の数少ない女子学生たちがみんな振り向いた。
それが噂を呼んだのか、他の学部の女子学生たちもわざわざ2人を見に来るような始末になり、キャンパスで2人は目立つ存在だった。
「なぁ遼太郎、今すれ違った子、めっちゃお前のこと見とったぞ?」
言われた遼太郎は振り向き一瞥すると
「正宗の勘違いだろ」
と吐き捨てるように言った。
「謙遜しすぎやで~、遼太郎はん」
「お前の方を見ていた可能性だってあるだろ?」
「いやぁ~、僕なんてムリですよ~」
わざと標準語を使おうとする正宗だが、イントネーションはまるっきり関西のそれだった。
「言うてやりたいわぁ。遼太郎に惚れても無駄ですよ、べっぴんさんの彼女にゾッコンなんやからって。僕はフリーですよ、よろしくってな」
「勝手にしろ」
遼太郎が呆れて笑うと、正宗もへへへと笑った。
しかし正宗が本気で女性と付き合おうとする熱意は、卒業するまで一度も感じることはなかった。
口ではいつも「えぇなぁ」と言う割には合コンも積極的には行かないし、行ったとして後に感想を訊いても「僕なんか全然」とおどけて謙遜するばかりだった。
第1章#2 へつづく