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潰れてた見知らぬ女の子を送って朝帰り

潰れてた見知らぬ女の子を送って朝帰り


先日、立川で友人と飲みました
「終電で帰る」を合言葉に17時からメガジョッキをばかばか飲み続け、酔っぱらいが数人誕生しました
飲みたがりの私は朝まで飲みたくなっちゃうことが多いので、友達には何度も念を押されました

終電の2本前くらいの電車に乗れそうな時間に解散
立川住みの人、南武線の人、多摩モノレールの人、私たちの路線は皆様々です
私は中央線
どんなに酔っぱらっていてもきちんと中央線のホームに行って電車に乗ることができるから、帰巣本能とはありがたいものです

しかし、この日は私の偉大な帰巣本能を発揮する機会はありませんでした


立川駅構内で、女の子が一人潰れていたのです
うなだれてしゃがみこむ彼女は、相当酔っているように見えました

放ってはおけません
駆け寄り、声をかけました

キラキラのメイクも、ストリート系のファッションも、ブランドもののバッグも、本当は彼女の高い背と華やかな顔立ちに良く似合うんでしょう
しかし、その時の乱れた態度の彼女にはどれも不釣り合いでした

私もかなり酔っぱらっていたので、詳細な記憶はありませんが、彼女と会話をしました
まともに会話はできていなかったと思うけど

酔っぱらいが酔っぱらいを助けようとしても、そりゃうまくいくはずがない
彼女の傍にお酒の缶が2本置いてあり、私はそれをがばがば飲みました
誰のお酒なのか、何のお酒なのかもわからず
飲んで何かが解決するわけがないのですが、何かを突破しなければならないと感じたのです

おい!大丈夫か!あんたしっかりしろ!
とたくさん叫んでいたと思います

彼女は目を半開きにして、ねむい〜とか、私禁酒してたから飲みすぎたの〜、とか呂律の回らない口調で話していました

困った、これは
この子を放っておくわけにはいかない

私は優しい人です
この子が悪い人に見つかってはいけない
優しい私がどうにかしなければいけない

男の人って、怖いんだから
絶対に男の人に彼女を触らせたくなかった

私がこの子を無事に帰そう、という決意を固めた頃には、私の終電も彼女の終電もなくなっていました

「あんた、もうあんたの終電も私の終電もないよ!」
「ごめん〜ごめんね〜」

お水を飲ませ、さあどうしようか、と考えているうちに私のスマホの充電はなくなりました

「あんた優しいね〜ありがとうね〜」
「そうだよ、私は優しいんだよ!てかあんたの友達はどこで何してんだよ」

とりあえず彼女の最寄りの近くまで行けそうな電車に飛び乗りました
私はもう帰れない
ええい、ままよ!

私もお酒をよく飲み、よく酔っ払う人です
私が潰れた時に誰も助けてくれなかったらとても悲しいし、その時に何か事件に巻き込まれてしまう可能性だってある

酔っ払っている彼女を助けなかったら、私が誰かに助けてもらえることもないんだ、という気がしました
なので彼女からの見返りは求めず、いつかの酔っぱらいの自分に何かが返ってくることを期待して、彼女を支えながら一緒に電車に乗っていました

中央線の最終列車は武蔵小金井まで
私にとって未知の駅、武蔵小金井駅
この駅の辺りがどのように営まれているのか全く知りません
もう降りるしかなくて、駅員さんに助けを求めながら下車しました
彼女のSuicaの残高は足りず、私がお支払いしました
本当にどうしようもない子

武蔵小金井駅は、よく開けた駅でした
チェーン店の明かりは点々とあるものの、歩いている人は少なかったです
酔っている人はいない印象
ここでは日常生活をしている人が多いのだと思いました

駅の壁に寄りかかって彼女は座り込み、げーげーと吐きました
それはそれは長い時間吐いていました
私は何も言わずに背中をさすりました
胃液の匂いがつーんと鼻にきました
ここはどこで、この子は誰で、この匂いは何

嗚咽の音が止まると、すっきりした〜と彼女は言って、水の入ったペットボトルを放り投げました
ペットボトルと吐瀉物は暗がりの中で異質な光を放っていました

彼女が落ち着くと、駅員さんの助言通りに私たちは駅前の交番に向かいました

助けて、お巡りさん!
この子は、どうすればいい!
そして私は、どうすればいい!

お巡りさんは呆れながら私たちを諭してくれました

「お巡りさん、助けて!私この子知らないんです!」
「私は歩いて帰れる〜最寄りには自転車あるし〜」
「あなたを歩いて帰すことは私たちにはできない」
「そうだそうだ!タクシーで帰れ!」
「お金ない〜」
「ちょっとお財布探させて」

彼女はお財布も持っていないし、充電切れの彼女のスマホではPayPayの残高を確認することもできない
本当にどうしようもない子

お巡りさんは充電器を貸してくれて、私たちは彼女の充電の回復を待ちました

「あんた、一体どこの大学の誰なの!」
「私、○○大学の○○ちゃん」
「○○ね!」
「あんたは?」
「私は○○大学の○○ちゃん」
「○○!」


私は彼女の名前を覚えていません
彼女もきっと私の名前を覚えていません

彼女のPayPayの残高が十分であることを確認した私たちは、タクシーを呼び、住所を言わせ、やってきたタクシーに彼女を押し込みました

「ほんとありがとう〜
 あんた優しいね」
「うん私優しいんだよ
 気をつけて帰ってね」

タクシーは走り去りました
私とお巡りさんだけが残されました

お巡りさんは私に言いました
「あなたは優しい、優し過ぎてこうやって被害を被るから心配だ」
「あなたの行動は正しいわけではない」
「今度酔っ払いを見つけたら、関わらずに警察に任せてほしい」

私は何らかのショックを受けました
私の行動は正しいと思って知らない駅までやってきてしまったのに、正しくなかったんだ
私、どうすれば良かったんだろう
見過ごせなかった
多分私にはこれしかできなかった
警察におまかせすれば良かったのか
そうか、そうすれば良かったのか
だって私は今、ひとりぼっちでとっても心細い
知らない駅、充電切れのスマホ、始発までの時間
ああ、帰りたい
帰宅報告をしない酔っ払いの私を友達は心配しているだろうな

「すみません、そうですよね
 ご迷惑をおかけしました」
「こんなに優しい人もいるんだ、って思いましたよ」
「そこにカラオケもあるし時間潰して気をつけて帰ってね」

私はとぼとぼとカラオケに向かいました
こんな夜は好きな歌を夜通し歌うのがいいのかもしれない

ふらふらと入店した私は、料金表を見てすごすごと退店しました

むり、2000円以上は払いたくない
金欠大学生をなめるな

しょんぼりとした私の目に、煌々と光る黄色のお店が入ってきました

松屋です

そう、松屋の牛めしは400円!400円で朝まで居座ってやろう!
お酒ばかり飲んでいて食べものを食べていなかった私は、お腹がすいていました

たっぷりの冷たい水、湯気が立ちのぼるお味噌汁、そしてなんといってもつゆだくの牛丼
ビジュアルが今の私よりも良い
これをアルコールでふらふらの体にぶちこめば、身体も脳も回復するに違いない
私は、はぁ〜〜〜っと声を出していたと思います


いただきます

がつがつがつ
米、肉、味噌汁、わかめ、水
がつがつがつ
私の飢えた身体と脳はどんどん吸収していきました
エネルギーが蓄えられていくのを感じます
これが400円?日本って素晴らしい

でも、3分の2ほど食べたところで箸を置きました
おなかいっぱい
ビールで張ったお腹にはやっぱり空きが少なかったみたい

どうせ朝までここにいなければならないのだし、ゆっくり食べよう
スマホは使えなくて、店内には誰もいない
暇つぶしの方法なんかなかったけれど、酔っ払いなんていくらでもぼーっとしていられますからね

ぼーっとしては一口食べ、七味をかけてはぼーっとし、食べたかと思えば水をおかわりしに行く
そのループでようやく食べ切りました
深夜3時
通常の睡魔に加えて、糖質スパイクも強い力で私に立ち向かってきたので、入眠することにしました
どうせ、朝までここにいなければならないんだし

浅く、すっきりとしない眠りでした
眠りに適した場所ではないからね



20分後、私は飛び起きました
ここは、どこ
帰らなきゃ帰らなきゃ

お盆を片付け、そそくさと退店
始発はいつなんだろう
調べたくても調べられない

本格的に居場所を失った私は、ひょこっと交番の扉から顔を出しました

「始発、いつですか〜」
「4時になったら駅が開くよ」
「充電なくなっちゃって〜」
「……助けてくれたから、特別に充電させてあげるよ」
「ありがとうございます〜」

私は誰かと話したい気分でした
とても寂しかったし、自分が特殊な経験のさなかにいることはわかっていたから、今の私の気持ちを誰かと共有したかった

「あの子、無事に帰れてますかね〜」
「帰れてると信じたいね」
「お巡りさん、大変なお仕事ですよね
 こんな時間まで」
「大変だけど、普通のサラリーマンだって大変だから同じようなもんだよ」

お巡りさんは大人でした
私は、ガキンチョです
人生を迷走している愚かな大学生です

「なんで警察になろうと思ったんですか〜」
「なんかかっこいいなと思ったからね」

「私、どうすればいいですか?」
「時間があるんだからやりたいことをやればいいと思うよ
 大人になると、お金はあっても時間はないからね」

武蔵小金井駅が開くまでの時間、私たちはぽつぽつと会話をしました
バーカウンターの雰囲気に似ていました
ガキンチョの私は、大人なお巡りさんと話がしたかったのです
壁に貼ってあるポスターの行方不明者たちが皆生きていて幸せでありますように、と私は願いました

4時になり、お巡りさんは充電が20パーセントになった私のスマホを渡してくれました

「気をつけて帰ってね」
「ありがとうございました!
 面白い経験が増えたと思います」

駅で始発を待つ時間、早朝の不便な乗り換え時間、ふらふらな徒歩時間があったため、帰宅までかなりの時間を要しました

長い長い朝の時間に、友達からのいくつかのLINEを返し、長い長い長い夜の時間に何があったのかについてのストーリーをインスタのサブ垢にあげました

家のベッドに倒れ込んだ時には、早起きの友達はもう起き出していました

ねえ!まるり何があったの!やば
なんで武蔵小金井にいたのよ笑

まるり、家に帰れたのなら良かった
警察行ったのね頑張ったじゃん

まるりだけ朝帰りなの笑う
今日も飲みなのわかってる?
その時その面白そうな話聞かせて


私たちは同じ時間に解散して、同じくらいの時間の電車に乗って同じくらいの時間に寝るはずだった
なんでみんなは終電前帰りだったのに私は一人朝帰りなんだ
もういいや、寝よ寝よ
今日も飲み行くんだし


誰かの思い出の一部になることに、私は魅力を感じています
私の人生を懸命に生きている私が、誰かの思い出の中でも生きることができるなんて、面白くない?
自分という存在をできるだけ多くの人に刻みつけながら生きていきたいんだ

あの子は、この夜をきっと忘れないでしょう
てか、忘れてはならないんだよ
そのくらいはわかっているだろう
酔ってやらかしたあなたの夜に、優しい優しい見知らぬ女の子が連れ添っていた思い出は、朧気でも良いけれどいつまでもいつまでも心の中に持っておくんだよ

もう、潰れたらだめだからね
あなたの酒のやらかしが、あなた自身を傷つけるものにならないように、この夜は一つの失敗として残しておくんだよ

どうか、元気で








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