J信用金庫 v.s. MBA交流クラブ vol. 16
「日本のパチンコ店のシステムを利用した国際的なゴールドのロンダリングについては、何となく全貌が分かりました。しかし、令和の時代に本当にそんなことが行われているんですか?」
「さぁ、どうかな。うちの金庫が扱っているのは、馬鹿高く設定された特殊景品を輸入するところだけだ」佐伯はニヤリと笑って言う。「うちの金庫も国や警察と同じ、そんな事実は認知していない」
藤岡は驚きの事実を知り、すっかり酔いが醒めてしまった。ふと、疑問が頭に浮かぶ。そんなに大量のゴールドが日本に入ってきていて、一体そのゴールドはどこに行くのだろうか。
佐伯は藤岡の疑問を見透かしたように話し始める。
「日本のゴールドの輸入量と輸出量ってどれくらいか想像つくか?」
「いや…分かりません。国内には金鉱山がほとんどないので、おそらく輸入量の方が多いのだと思いますが…」藤岡は、はっとした顔をして言った。「ま、まさか…」
「そのまさかだ」
「日本はゴールドの輸出量の方が多いということですね」
「その通り。日本は世界でも有数のゴールド輸出国だ。令和二年のデータでは輸入量約0.65トンに対して輸出量は約63トン。圧倒的に輸出量の方が多い」
「特殊景品として輸入されたゴールドが最終的には輸出されているということですよね。いくらなんでも日本が金産出国というのは無理があるでしょう」
「当然、日本の貴金属のロンダリングは各国から非難を受けている。しかし、日本国内では国と警察が認知していない以上、誰も指摘はできないさ。」
ゴールドの融点は1,064℃である。溶かされたゴールドは坩堝の中で混ざり合い、浄化される。
日本は法と秩序を守る国だと思っていたが、藤岡はその概念を根底から崩される思いであった。
「それで」藤岡は話を切り出す。「今回の海外送金と一体どんな関係があるんですか?」
「金融庁が海外送金の調査を金融機関に対して行なっていることは知っているな?」
「はい。もちろん」
「例えば、この特殊景品の輸入に関して調査を受けたらどうなると思う?」
「特殊景品がゴールドだと明らかになれば、出所は調査されることになるでしょうね」
「最悪のケースだと、ゴールドのロンダリングが国際問題になるだけでなく、パチンコ店の三店方式を介した賭博が明るみに出るかもしれない。賭博罪の要件は、『金銭や宝石などの財物を賭けてギャンブルや賭け事をした際に成立する罪』とされている。特殊景品がゴールドだと明るみになった時点でアウトだろうな」
「特殊景品がゴールドだということすら日本では認知できないのですか…」
「当たり前だろう、それだと法律違反だ。特殊景品はあくまで特殊景品だからこそうちは取引しているんだ。うちの金庫も国家と同様にゴールドであることは認知していない」
「もし明らかになれば、未曾有の逮捕者が出るでしょうね」
賭博罪の適用範囲はパチンコ店従業員だけでなく遊戯者も含まれる。賭博の時効は三年なので、一体何人の逮捕者が出るのだろうか。政治、経済をはじめ、日本の全ての機能が麻痺するのは火を見るより明らかである。
「そんな事態になれば、の話だけどな」
「そんな事態を防ぐためにも金融庁の検査は避けなければならない、ということですか」藤岡はため息をつく。
「その通り。まぁ、そもそも金融庁はこういうグレーな輸入に対する調査を行わないように仕組みを作っている。調査の基準は知っているか?」
「基準ですか。ちょっと、分かりません」
「何も特別なことじゃない。金額と回数だよ」
金額と回数、藤岡は考える。
「つまり、海外送金を扱う金額が大きかったり回数が多かったりすると、モニタリング調査が入るということですね」
「それって、どう思う?」
「えっ、普通のことのように感じますが」
「そこが上手くできた仕組みなんだよなぁ」佐伯はコップに入った日本酒をぐいっと飲み干す。「つまり、金額を基準にした場合は、大手商社の案件を扱うメガバンクや大手地銀が調査を受けることになるから、うちは大丈夫。問題は回数だ」
「なるほど、そういうことですか。回数を抑えるためには、基本的に海外送金の取り扱いは断る、ということですね」
「そういうことだ。うちの金庫は91の支店ある。仮に1支店につき年間3回の国際送金を許してみろ。一気に300件近く増えることになる。下手すれば、調査が入りかねない。どんな案件であろうと鉄壁に追い払う、それがうちの金庫のスタイルだ」
藤岡は初めて信用金庫の実態を知り、なぜ今回のようなトラブルが起こったのかを理解した。
「ある意味日本の国家を守るためと言っても過言ではない。国家の意図を汲んで我々は動く。それが金融庁監督の元に営業している我々の矜持だ」佐伯は酔いが回ったのかフラフラと体を前後に揺すりながら言った。
「佐伯さん、飲み過ぎですよ」
藤岡はある懸念が頭をよぎる。
「もし仮に、今回の海外送金に対して平良さんが我々の不正を明るみに出したらどうなるんですかね」
「全く問題ない。絶対に表に出ないようになってるから」佐伯はすぐに断言した。
「絶対に、ですか・・・」
「金融苦情を受け付ける機関は金庫内外にいくつかあるが、全て身内だ。こういう案件は全て揉み消せる」
「もし、仮に訴訟になったらどうなりますかね」
「お前なぁ、こんな金融系の案件を専門にしている弁護士を雇うだけで100万は掛かるぞ。今回のような少額で訴訟になるわけがないだろうが。今回の件は金庫内の不祥事として外部に漏れることは絶対にない」
つづく
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(参考資料)
※実際の人物・団体などとは関係ありません。
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