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J信用金庫 v.s. MBA交流クラブ vol. 8

前回のつづきです。
vol. 7はこちらhttps://note.com/male_childcare/n/n94f03507c765

「いやー、良いマンションにお住まいですね。ロビーの横にこんな応接間があるなんて」
 高槻は軽い世間話で口火を切った。相手を持ち上げて場を和ませる。まずは良い雰囲気作りから入るのが営業の基本だ。
「早速ですが、時間もないので本題に入らせていただきます」岩野は、そんな世間話なんて時間の無駄だとでも言わんばかりの態度で、腕時計を見ながら横やりを入れる。多忙なところをわざわざ本部から来てやったんだという態度を隠そうともしない。現場と本部の人間の分かりやすいコントラストに平良は苦笑する。
「今回の海外送金ですが、結論から言って、入金することはできません」岩野はいった。
 平良は無言で次の言葉を待っていたが、その言葉はない。
「理由は何ですか」平良は岩野の目をまっすぐに見て尋ねた。この人は信用できる人なのかそうではないのか、それをまずは見極めようと平良は思っていた。
「理由?そもそも今回の海外送金には不審な点があるんですよ」岩野は、理由なんて言うまでもないでしょうという態度で不機嫌そうにいった。
「不審な点とは、一体どのようなところでしょうか」平良はいった。
「まずね、今回モンゴルからの送金ですが、なぜか香港とアメリカの中継銀行を挟んで送金が行われているんですよ。これって何なんですかね」
 今回の海外送金では米ドル建てで送金が行われた。認可された国家間以外の米ドル建て海外送金の場合、米国の金融機関を中継銀行として挟まなければならないという国際間の取り決めがある。今回のケースでは、モンゴルから日本へ直接送金することができないため、中継銀行を挟んでの送金となっていた。
 こいつ、国際金融部の人間のくせにそんなことも知らないのか、と思いながら岩野の表情を観察する。いや、違うな、こちらが知識のない素人だと思って丸め込むつもりで話しているに違いない。この岩野という人間は信用できない。平良は直感的に確信した。
「今回の送金はドル建てですよね?何も不自然なことはないかと思いますが」と平良はいかにも当たり前という表情でいった
 岩野の表情が一瞬驚いたように見えたが、すぐに取り繕い、「まぁそうですね。しかしね、ここが一番おかしな点なのですが、今回は三菱UFJ銀行さんからの送金ですよね?しかし、なぜかモンゴル貿易開発銀行という銀行の口座からの送金となっている。三菱UFJ銀行さんなら、普通に考えてご自分の銀行口座を利用すると思うのですが。これはどう説明されるおつもりですか」岩野は勝ち誇ったように平良に視線を向ける。高槻は黙ったまま、二人の間で視線を泳がせている。
 平良は思わず嘆息した。どうやらこの岩野という担当者は何一つ下調べをせずに来たらしい。
「ご存じのこととは思いますが」あえて強調して平良はいった。「三菱UFJ銀行さんはモンゴル国ではバンキング機能を有していません。なので、ウランバートル事務所というかたちで現地の銀行であるモンゴル貿易開発銀行に口座を開設しているのだと思います。そちらの口座からの送金ということで何ら不自然な点はないように思いますよ」
 岩野の表情に明らかな動揺がみられた。やはり、本当に知らなかったのか。こんなこと、事前に少し調べればすぐに分かることだ。恐らく岩野は調査らしい調査は一切何もしていないのだろう。ろくな調査もせずに入金できませんと言い切るとは、随分舐められたもんだな、と平良の眉間に皺がよる。
「な、なるほど」岩野は続ける。「し、しかしですね。平良様は口座開設から約半年と日が浅く、このような海外送金の取り扱いは通例では行なっておりません」

 もはや何でも良いから言いがかりをつけて意地でも海外送金の手続きを行わないつもりらしい。わざわざこんな不毛なやり取りをする時間があるならまともな対応に時間を使って欲しいものである。しかし、信金にどんな思惑があろうとこちらには関係ない。この温かい支援をマネロンだ、テロ資金供与だ、なんて馬鹿げたことをいうようであれば、それは絶対に承知しない。それが平良の意地である。
「口座開設から日が浅いことと、この海外送金がマネー・ローンダリングもしくはテロ資金供与だということは関係ありませんよね」平良はいった。
「現在、金融庁からの指導の元、厳格な金融業務を行う必要がありましてー」高槻がそそくさと資料を手渡す。平良は一瞥して資料をテーブルに置く。
「口座開設から日が浅い場合は取引できないなんてこと、一言も記載されていませんね」
 平良の言葉を無視して岩野は、「率直に申し上げて、うちでは取り扱いしかねるので、他の金融機関で口座開設していただいてそちらで取引していただけますか」と、横柄に言い捨てた。
「それはつまり、今回の海外送金はJ信金さんでは取り扱いしていただけないけども、他の金融機関では取り扱いしていただける案件であるという意味ですか」平良はいった。
 岩野は明らかに不機嫌そうに言葉を吐き捨てる。「いやー、それは分かりません。イベントの協賛金ってことですけど、そのイベントが本当に行われ、協賛金がそのイベントのために使われたのかは確認しようがありませんから」
「すでにお伝えしている通り、本イベントはモンゴル大使館の公式イベントとして認可されており、経産省の後援もいただいているイベントです。開催について疑わしいところはないかと思いますが」
「疑わしいかどうか、判断するのは我々ですので」岩野は平良の言葉を遮っていった。「仮にイベントが開催されたとしても、協賛金がそこに使われたかは確認しようがないですね」
「現時点の収支見積書を提出することができます。イベント終了後に精算が終わり次第、収支決済の詳細も提出できます」
「いや、書類上の数字はどうにでも帳尻合わせられますからね」
「書類で判断できないというのであれば、一体何で判断されるおつもりですか」あまりにも荒唐無稽な岩野の主張に、平良は呆れた顔で聞いた。
「例えば輸入品に対する代金という話であれば、その物品を確認することができますよね。イベント協賛金なんて、確認のしようがない」
「輸入代金の場合、あなたがた信金では書類確認ではなく現物確認で判断されているということですか」
「いや、まあ、場合によっては」と岩野はいった。

 平良は完全に頭に血が昇っていた。新たなビジネスを創出することで経済を活性化しようと頑張る人たちがいる一方で、自分達の保身のためにその活動を邪魔する人たちがいる。それが信金という金融機関のやり方であり、ひいては日本全体の根底を流れる悪しき風潮ともいえるかもしれない。
「岩野さん。あなたは本気でこの約10万円をマネー・ローンダリングされるとお考えなのですか」
「金額は関係ありませんよ。どんな少額であろうと対応は変わりません」
 金額は関係ない。そちらがそのつもりなら、こちらも金額関係なく全力でやるだけだ。
「うちでは取り扱いできませんので、他行で口座を開いてそちらでお取引ください」岩野は同じ台詞をもう一度繰り返す。こんなに分かりやすい責任転嫁の台詞を社会人が堂々と言い放っている姿があるだろうか。
「金融庁からの指導であれば、どの金融機関も対応は同じなんじゃないですか?他の金融機関を勧める根拠が分からないですね」平良はいった。
 岩野がむっとした表情で黙ると、高槻が横から助け船を出した。
「我々の金庫は、モンゴルに支店を有していないため、送金元の実態確認が難しいんですよ。他の金融機関であれば、あるいはー」
「なるほど、J信金さんは海外送金を受ける際には送金元の組織を現地にて職員が赴き実態確認されるということですね」あまりにも無理のある言い訳に、平良は思わず吹き出しそうになる。
「・・・そうです」高槻は頷く。
 10万円程度の海外送金で金融機関がそこまでやるとは考えられない。こんな言い訳をしてまで海外送金の対応をしたくない背景には一体何があるのだろうか。
「つまり、入金できない理由は送金元である三菱UFJ銀行がマネー・ローンダリングやテロ資金供与を行う可能性のある企業であり、現地でそれを確認できないため、送金が不可であるということですね」
「平たく言うと、そういうことです。金融庁からの指導の元、行っていることですから」高槻は二言目には金融庁の名前を出す。他の顧客はそれで押し通せたのかもしれないが、この場では通用しない。

「では、今日お話いただいた内容を議事録にまとめましょう。そこにお二人の署名をお願いします。内容は送金元の三菱UFJ銀行に提出させていただき、併せて金融庁に指導内容と合致しているのか照会させていただきますので、そのおつもりで」
 高槻と岩野の表情が凍りつく。岩野は怒りで顔を真っ赤にして、「そ、そんなことできるわけないでしょう!」と吠えた。
「できない?あなたが話している内容を残すだけですよ」
「で、できるわけがないだろう!」
「文書に残せないようなことを話しているとすれば、それはあまりにも無責任でしょう!どうなんですか!」平良は強い口調で言い、高槻と岩野を交互に睨みつける。
 岩野は何かを言いかけたが、実際に言葉は出てこなかった。 
「今回の海外送金、色々と確認事項が必要なことは重々承知しています。私は三菱UFJ銀行と協力して全力で今回の海外送金のための資料を準備させていただきます。つきましては、必要な書類の提示を行っていただけますか」平良は穏やかにいった。
 
 さすがに、ここまで言えば対応してもらえるのではないか、という期待を平良は抱いていた。しかし、その考えは甘かった。岩野の表情からは傲慢さが消えていたが、口元にはサディスティックな不気味な笑みが浮かび、目の奥には攻撃的な炎が燃えていた。
 
つづく

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(参考資料)

※実際の人物・団体などとは関係ありません。

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