J信用金庫 v.s. MBA交流クラブ vol. 3
1月19日、J信金の藤岡が平良の自宅マンションのインターフォンを鳴らした。
平良はロビーの横にある応接スペースに藤岡を案内した。都内のコロナ感染状況は悪化しており、他人を自宅に入れることに抵抗があった。
この日の藤岡はネイビーのスーツに丈の長い黒のコートという服装だ。身長の高い藤岡はスーツを恰好よく着こなしており、ワックスで整えられた短髪はまさに好青年という印象であった。
藤岡はJ信金の新田西支店に勤める入社5年目の営業職員である。世間ではいわゆる“ゆとり世代”と揶揄される世代であり、特に考えもなく地元の信用金庫に就職し、独身で実家暮らしを続ける藤岡はまさにその典型だ。仕事に対する情熱が乏しく、競争意識が希薄である一方、おおらかで素直である藤岡の性格は地方の信用金庫という職業に向いていた。外回りの多い営業という仕事は、衆人環視で仕事をしなければならない内勤職と比べると気楽であった。
お互いの名刺交換の後で、平良と藤岡は向かい合うかたちで椅子に腰を下ろした。
「今回の海外送金の件ですが」藤岡は切り出した。「昨今では、マネー・ローンダリングやテロ資金供与の防止のため、このような海外送金を受けとる、いわゆる被仕向送金の場合でも金融機関において確認作業が必要となります。」
「なるほど、それは大変ですね。全ての海外送金を確認されているのですか?」
「新規のお取引の場合はほとんど全てが確認の対象となります。実際に判断しているのは本部の担当者なので、基準は分かりかねますが。」と藤岡は言った。
同じ組織でも本部と支店で情報が分断されているのだろう、よくある話だ。
「初回の海外送金は止められてしまうということを経験できただけでも、良い勉強になりますよ。貴重な経験です。」と苦笑いを浮かべて平良は言った。「それで、審査にはどのくらいの期間を要するのですか?」
「早ければ数日~数週間、遅ければ数カ月かかるかもしれません。本部の担当者の判断になるので、正直なところ私にも分かりかねます。」
感染防止のためのマスクで口元が隠されており、藤岡の表情は読み取れない。
マンションの応接スペースは暖房がついていないため、1月の冷気が足元からじわじわと体温を奪っていく。
「審査にそんな時間がかかるのですか?」平良は眉をひそめて言った。15万の海外送金の審査にそれだけ時間を割いていたら、他の業務は一体どうなっているのだろうか。
「金融機関でそんなに長い期間入金をストップされるのは正直驚きです。」嫌味っぽく平良は続ける。「例えばこれが新規事業での海外取引だった場合、口座への入金がそんなに長い間止められてしまうと考えると、下手するとキャッシュアウトのリスクにもなりますね。」
「そういう事態を考慮して、初回の海外取引の場合はクレジット決済にしたり、PayPalのような決済サービスを利用されたりする事業者さんが多いようですね。」と藤岡は言った。
決済サービスは手数料も決して安くはない。マネー・ローンダリングやテロ資金供与のリスクを回避するためとはいえ、金融業務のあり方に疑問を感じる。しかし、ここで文句を言っても話は進まない。
「今回のイベントはこちらですよね?」藤岡は印刷された資料を広げた。イベントのプレスリリースを行ったWebページの印刷である。事前に下調べをするのは営業として当たり前であるが、このように当たり前のことをちゃんと実行できる人は意外と少ない。
「そうです。協賛団体として、こちらにMJBCA(モンゴル日本ビジネス交流促進会)の名前も掲載しています。」と平良は説明を加える。
「確かに掲載されていますね。そもそもの質問で恐縮ですが、MBA交流クラブとはどんな団体なのでしょうか?」
「口座を開設する際に提出した団体の規約に概要は記載されていると思いますが・・・。」
藤岡が手持ちのファイルから団体規約の資料をすぐに取り出す。こういう資料を事前に準備しているところを見ると、藤岡という男の営業としての有能さがうかがえる。
「一言でいえば、社会貢献活動を行っている非営利の任意団体です。今回のイベントも社会貢献活動の1つで、日本とモンゴルの外交関係樹立50周年を記念したモンゴル大使館の公式行事として認定されています。」
藤岡はよく分からないという顔をして、「平良さんはそういうお仕事をされているのですか?」と聞いた。
「いえ、私は製薬会社の社員なので、この活動は趣味のボランティア活動といったところです。」
「ボランティア活動・・・ですか。」
「今回のイベントではスタッフや関係者は金銭的な利益は一切受け取っていません。協賛金は全て運営の経費として使用します。」
「なるほど、そういうことですか。」
「まだ、イベントまで期間があるので、数字は粗いですが、経費のおおよその見積と収支予定についても概算でお示しすることもできます。」
「とりあえず、今回は協賛金の請求書の写しだけで大丈夫です。」
平良は請求書の写しを藤岡に渡した。藤岡は手元のタブレットに何かを打ち込むと、カバンから小さなプリンターを取り出し、レシートのような紙に印刷を始めた。
「こちらが、預かり証ですのでご確認ください。」
平良は印刷された紙片を受け取った。メールが使用禁止されている割には、この辺りはIT化されているのか。顧客から何かを受け取った場合には記録を残さないことがリスクと判断し、職員が何を伝えたかという記録は残すことがリスクであると判断したのだろう、よくある話だ。
「では、審査の結果が分かり次第、またご連絡差し上げます。」
下校時間なのだろう、ロビーから子供たちの声が聞こえてくる。腕時計に目をやると、午後3時を過ぎていた。
外気温とほとんど変わらない応接スペースの冷気で体がすっかり凍えてしまった。面談中、コートを脱いでいた藤岡も同様だろう。30分程の面談を終え、藤岡は支店への帰途についた。
藤岡は支店に戻ると、平良から受け取った請求書の写しをFAXで本部の国際金融部へと送付し、確認のため電話をかけた。国際金融部調査役の岩野が電話に出る。
平良との面談内容を報告し、入金の判断をして欲しいと伝えると、岩野はいかにも面倒くさいといった様子で不愉快そうに言った。
「こんな少額の送金、わざわざ相手にする必要ないでしょう。支店の連中は暇かもしれませんが、本部ではこんな案件にわざわざ時間を割く余裕はないんですよ。適当に断って組戻しておいてくださいね。」
「いや、しかし・・・」
「よろしいですね?」と岩野は一方的に告げ、通話を切った。
つづく
※本事件は本人訴訟で裁判中です。応援していただける方は、記事のシェアもしくは”♡”をクリックして下さい。
(参考資料)
※実際の人物・団体などとは関係ありません。
【本件に関する報道関係者からのお問合せ先】
メールアドレス:mba2022.office@gmail.com
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