J信用金庫 v.s. MBA交流クラブ vol. 9
岩野はJ信用金庫で30年間勤務してきた。2級知的財産管理技能士の資格を取得し、その専門性から信用金庫内では重宝されてきた。また、岩野が相手にしてきた取引先は中小企業が中心であり、中小企業の人間は金融機関に頭が上がらない連中ばかりであった。特に国際間の金融業務は、難しい規制が数多く存在し、一般には立ち入ることのできない専門領域である。そのため、ほとんどの場合、案件の生殺与奪は岩野が握っていた。
今回の訪問でも、金融庁の名前を印籠に、知識のない顧客を都合よくコントロールできるだろうと高を括っていた。それが、議事録残して金融庁に照会をかけるだの、三菱UFJ銀行にも報告を上げるだの、ふざけたことを言いやがって。素人が金融機関に逆らうなんて、思い上がりも甚だしい。
「平良さん、あなたは何か勘違いされているようですが、我々は話し合いに来たわけじゃないんです」岩野のこめかみには血管が浮かび、憤怒の色がうかがえる。
「今日の訪問はただの報告です。この国際送金は入金することができないので返金します」
「ですから、入金に際し、必要な書類を用意するとお伝えしているでしょう」平良は深いため息をついた。
「どんな書類を持ってきても絶対に入金しませんよ。お分かりになりませんか。判断するのは我々なんです」
「ずいぶん一方的な対応ですね。岩野さん、あなたはどんな法的根拠をもってそれを仰っているんですか」
「我々の対応が気に入らないのであれば、どうぞ他の金融機関に口座を開いてそちらで取引してください」
「話になりませんね。本日のところはいったん持ち帰って、金庫内で必要な書類を再度ご検討いただけますか」
「そんな検討は行いません。今回の国際送金は返金します」
金融機関とは思えない対応である。
「返金はやめてください!」平良は思わず声を荒げた。
「平良さんの意志は関係ありません。強制執行します」
「返金されては困ります!イベントの開催はもう明後日なんですよ!」
「それはあなたの都合でしょう。我々には関係ありません」
あまりにも理不尽な対応に平良は言葉を失った。怒りで手が震える。今回のイベント開催には多くの人の無償の協力があり、何の見返りも求めない協賛があった。その有り難さが骨身に染みているからこそ、それを無下に突き返すJ信金の対応を承服することは絶対にできなかった。
マンションのロビーには三人以外誰もいなくなっていた。窓の外はすっかり暗くなっている。備え付けのテレビからはニュースを読むアナウンサーの声が聞こえてくる。
岩野は腕時計に目をやり、「ああ、もうこんな時間か。この時間じゃもう返金処理はかけられませんね。週明けの月曜には処理しますので」と言った。鞄にファイルをしまいながら「まったく、こんなに時間を取られるなんて」と愚痴る。
高槻は不安げな表情で平良を見る。
「平良さん、今回は対応が難しいということでご理解いただけましたでしょうか」高槻は恐る恐る聞いた。
平良は強く奥歯を噛み締め、高槻を睨みつける。怒りで筋肉が硬直し、うまく口を開くことができない。深呼吸をして、言葉を捻り出す「強制執行されるということであれば、これ以上の話し合いは仰る通り時間の無駄ですね」
岩野が鞄を抱えて立ち上がる。
「ただし」平良は立ち去ろうとする岩野に言う。「私は返金はやめてください、と確かにお伝えしましたからね。その上で強制執行されるということであれば、確かに私にできることはないかもしれません。しかし、私は最後まで諦めません。入金していただけるように全力を尽くすのみです」
ふん、と岩野は鼻で笑い「行きましょう」と高槻に声をかけた。
平良はマンションのエントランスまで二人を送る。全身が震えるほどの怒りを感じていたが、社会人としての最低限のマナーとして「わざわざご足労いただき、ありがとうございました」と声をかけた。岩野は一切振り返ることなく、エントランスの自動ドアをくぐり、足速に去って行った。高槻は申し訳なさそうな顔で、岩野の後を追うようにドアの向こうに消えていった。
岩野はマンションを出るとすぐに営業の藤岡に電話をかけ、週明けの月曜に送金の組み戻し処理を行うように指示を出した。
「え、平良さんがこの組み戻しを承諾したんですか」藤岡は驚いて聞いた。
「しっかりとご理解いただいたよ」
「組み戻し同意書に署名捺印をいただけたということですか」
「そんな事務処理は君の仕事だろ」
「え、同意書に署名捺印をもらっていないんですか。そういうことであれば、処理をかけるのは書面で確認を取った後の方がよろしいのでは・・・」
「君は何も分かっていないな」
藤岡はむっとして眉をしかめる。「何が分かっていないのでしょうか」
「言われないと分からないのか」岩野はため息をつく。「顧客の口座に入金できてないってことは、うちが一時的に預かっている状態なんだよ。うちの決算は三月末だろ。決算日をまたいだら、この金をどう処理するつもりなんだ。万が一にも処理が遅れることは許されないんだよ」
それこそお前らの仕事だろうが、と言いたい気持ちを藤岡は飲み込んだ。
「分かったらさっさと処理すれば良いんだよ」一方的に告げ、岩野は電話を切った。
3月7日
海外送金の組み戻し処理が行われた。このまま顧客は泣き寝入り、というのがJ信金のお決まりのパターンである。
しかし、事態は一通の書面で激変することとなる。
つづく
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(参考資料)
※実際の人物・団体などとは関係ありません。
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