
J信用金庫 v.s. MBA交流クラブ vol. 19
前回のつづきです。
vol. 18はこちらhttps://note.com/male_childcare/n/nd70ee842c8de
平良は息をつき、時計を見ながらゆっくり6秒数えた。
アンガーマネジメントのメソッドによれば、怒りのピークは6秒で過ぎ去るらしい。
6秒を数えるのはこれで何度目だろうか。短針はいつもと変わらない速度でくるりと一周していたが、苛立ちが収まる気配はまるでなかった。心臓が激しく鼓動し、握りしめた拳はブルブルと細かく振動していた。
「そんなことってある?」平良の妻、彩香は夕飯の準備をする手を止めて言った。
「事実は小説よりも奇なりってね。組織の中に一人くらいおかしな人間が混じっていることは、まあよくあることだけど。部署をまたいで組織全員がおかしいってのは興味深いよな」平良は苦笑した。
ようやく気持ちが落ち着き、客観的に考えられるようになると、まるで小説のような展開はむしろ面白く感じられるようになっていた。
「でも、リスク統括部が機能していないってヤバいね」彩香は言った。
「逆かもよ。リスク統括部が機能していないから、こんなヤバい組織が生まれたのかも」
彩香はふーん、と頷き、白菜を切り始めた。
ザクザクと気持ちのいい音で、白菜は細切れにされていく。
「一言の謝罪くらいあっても良いのにね」切った白菜を鍋に落としながら彩香は言った。
「そうなんだよなー。もし、黒岸から『うちの部下の不手際ですみません』の一言があればそれで済んだ話なんだよ。いくらなんでも対応が下手過ぎる。普段から顧客に頭下げたことないのかなー」平良は凝り固まった首を左右に回しながら言った。
「失態を誤魔化すにしてもちょっと無茶苦茶だよね。そんな金融機関がホントにあるのかーって感じ」
「でも―」彩香はふと思いついたように顔を上げた。「同意書がないにも関わらず、同意を確認したとして処理されたということは、社内文書が偽造されたってことなのかな?」
平良はポンと手を叩いた。
確かにそれは考えられる話だ。
「私文書偽造・・・なるほど。それが明るみに出ることを恐れて過剰に反応した可能性はあるね」
権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
「同意があったことにしておかないと私文書偽造という刑法違反を犯したことになる。上司としては、そのシナリオだけは何としても避けたかったのかもしれないね」
黒岸の立場を考えれば同情の余地はあるのかもしれない。部下に業務上の犯罪行為があった場合、その責任はさぞ重いことだろう。事実を認めるわけにはいかない立場は理解できる。
「でも、金融機関がそれやっちゃダメだよね」
鍋に味噌を溶きながら、彩香は言った。
グツグツと沸き立つ鍋は、大きくぐるりとかき混ぜられた。
夕食を食べながら、平良は言った。
「まあ、乗りかかった船という言葉もある。J信金でいったい何が起こっているのかを知ることは、MBAでケースを勉強するよりずっと学びになるかもしれない」
最後に何が待っているのか分からないけど、行けるところまで行ってみよう。
ふと、藤岡とのやり取りを思した。
「最後まで、ですか?」
「最後まで、です」
つづく
※本事件は本人訴訟で裁判中です。応援していただける方は、記事のシェアもしくは”♡”をクリックして下さい。
※実際の人物・団体などとは関係ありません。
【本件に関する報道関係者からのお問合せ先】
メールアドレス:mba2022.office@gmail.com