自宅にある温泉は温泉なのか?
温泉に行きたい。
不要不急の外出を控えるうちに、計画的な外出をしなくなって久しい。
「温泉」が多くの人の口を突いて出る時期は過ぎ去ったが、温泉好きとしては真夏でも至高の癒しだ。ああ、温泉につかりたい。
自分からおもむけないのであればと、温泉が自宅にあることを想像してみる。敷地面積や源泉のルートはさておき、とりあえず自宅に温泉を突っ込んでみる。そこで出たのが表題。これって温泉なの?
自宅にあったらそれは温泉ではあるかもしれないが、第一義的に生活空間の一部たる「浴室」あるいは「風呂」ではないか。それではせっかく温泉をもってきてつかっても、「ああ~温泉につかってる~」という感覚が得られない。損した気分である。
このあたり、自宅が温泉旅館である人の感覚を聞いてみたいと思う(銭湯はそもそも共用の生活空間として考えないことにする)。もはや温泉があるのが日常すぎて、自宅に草津温泉や別府温泉が出現しても別に普通なのだろうか。「これは自宅であって草津温泉ではない!」と思うくらいなのだろうか。
ここまで考えたら、温泉行きたさがピークになって考えるのがつらくなってきた。夢から覚めるために温泉法を眺めて「自宅に温泉」の難しさをかみしめようと思う。
(……温泉に自宅をもっていけばいいのか?)
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