見出し画像

山田佳奈監督「タイトル、拒絶」

デリヘルの待機所という、普通なら足を踏み入れることができない場所を舞台とした、強烈な人間関係が入り乱れる映画を見た。

路上で「私の人生なんて、クソみたいなもんだと思うんですよね」と独白するカノウ。彼女はデリヘルの体験入店の面接に、場違いなリクルートスーツで現れる。「履歴書に書いてある資格なんて何の役にも立たないから」と店長に失笑されながらも合格するが、最初の客でギブアップし、スタッフとして同じ店に舞い戻ってくる。

デリヘルの待合室は、客の悪口で盛り上がるアツコやキョウコらデリヘル嬢のバカ笑いが響き、たばこの煙がもうもうと立ちこめる。明るくて笑顔の人気ナンバーワンのマヒル、いつも隅っこでノートに何かを書いている陰気なチカ、ベテランの元キャバ嬢シホ、ネイル手入れに余念のないモデル体型の新人嬢リユなど、個性の塊のような女性たちが一堂に集まるのだから、静かにしてなんかいられない。「オマエらどうして黙って待ってられないんだ!」と怒鳴り散らす店長山下、みずからも女性を買うスタッフのハギオ、キョウコに言い寄られるドライバー良太など、男女問わず関係者全員が一癖も二癖もあり、ワケアリなのだ。

マヒルは継父と身体の関係を持つことで、家庭を平穏に保っていた過去を持つ。金をせびりにくる子持ちの妹に告白し、キモいとうざがられても、マヒルの笑顔は絶えることはない。キョウコは良太に好意を抱いているが、良太はその愛を受け入れることができず、怒りとモヤモヤを抱えている。店長もアツコと関係を持っていることが明らかとなる。チカの父は突然病死し、デリヘルを退去する。

誰もが、「こんなところで働いている」ことのやりきれなさ、悔しさ、憤り、いらだちを抱えている。自己否定感情の爆発を、客を罵って笑いころげ、お互いを馬鹿にして見下し、殴り合うことでしか発散することができない。だが、怒りの元凶は、他ならぬ自分自身なのだ。周りはみな「こんなところで働いている」自分を投影した姿だからこそ、怒りの矛先が待合室にいる同僚に向かう。ついに全員が沸点に達した「怒り」も、待合室にまき散らしたガソリンに引火させるライターはオイル切れで、点火することができない。何もかもが中途半端だ。だが、ビルは放火に遭い、山下は女子高生と歩いているところをアツコにナイフで刺されてしまう。

鶯谷近辺とおぼしき線路脇のビルの屋上で、マヒルが妹のカズヨと対話するシーンがなんとも象徴的だ。いくつも平行する線路上を、山手線の内回りと外回りがすれ違い、少し離れて京成電鉄が疾走する。同じ環境に育ちながらも全く正反対の性格に育った姉妹の人生と、デリヘル嬢という特異な人生に自ら足を踏み入れた境遇が、電車に暗示されている。だが、電車はATOS接近音と発車メロディが聞こえるのみで、別の世界に移動するべく乗ることはない。結局、マヒルは、「こんなところ」のビルのハシゴを上がり、爆発を思い描くしかないのだ。

そして終盤で映る市街地の正面に鎮座する東京スカイツリーは、あたかも男性の象徴であるかのように長く屹立している。水平に進む電車、直立するスカイツリーの対比が、象徴的に対置されている。スカイツリーが京成電鉄と乗り入れしていることも、ぐるぐると循環する山手線との対比されることで、より象徴的な意味を帯びている。

「こんなところ」であっても、人生にタイトルを付けなくとも、人は生きるしかない。かくも人生はハードなのものだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?