見出し画像

人を笑わせ、楽しんでもらうために

──今回はnonnonさんのリクエストに答えていただきましょう。「横道先生 キレキレの文章 いつも笑えます。笑いのツボです。元気出ます!」「​​『みんな水の中』傑作、『イスタンブールで青に溺 れる』衝撃」とのことで、「大切な人を笑顔にするユーモアのセンスの磨き方」を指南してほしいとのことです。

横道 ありがとうございます。大変ありがたいことです。

──どんどんツイッターなどでも呟いてくださいね。「横道誠さんが最高におもしろいです。東畑開人さんよりも、おもしろいかもです!」ってツイートしてくれたら、横道先生、きっと大喜びですよ。

横道 いらんことは言わなくていいです。私の本が東畑開人さんの本くらい売れたらいいなあって、私がひそかに妬んでいることについては、バラさなくて大丈夫です。

──これは失礼しました。

横道 こんな感じで、「じぶんをさげる」のが笑いの基本かと思います。

──でもそれが卑屈な印象になったら、みじめですよね。

横道 受け取り側のそのときのメンタリティとか、連想される過去の体験によっても笑いの質は左右されるから、一発ぶちこむ側にどうしても操作できない部分は大きいですね。しゃべりの全体のバランスで補っていく感じじゃないでしょうか。

── 一部だけ切りとられる危険性もありますよね。たとえばいまのだと「横道誠は東畑開人に嫉妬している」という部分だけが流布したりして。

横道 そういうのも、ままあることでしょう。誹謗中傷をしたがっている人は、一定数いるものです。

──そういうのはほっといて大丈夫なんでしょうか。

横道 一線を踏みこえたら、それなりの措置を取るのは前提として、まずは気の持ちようについて考えてみましょう。

──お願いします。

横道 妬まれるのは、うらやましいと思われているからです。そして一般に食物連鎖は円環構造を成しているものです。植物が草食動物に捕食され、草食動物が肉食動物に捕食され、肉食動物は死んだあと菌類によって土壌で分解され、その分解物が植物に栄養を提供します。
 ですから私の敵対者が私に嫉妬して、私が東畑開人さんに嫉妬して、東畑開人さんが某X氏に嫉妬して、某X氏が某Y氏に嫉妬して、某Y氏が某Z氏に嫉妬して、某Z氏は私の敵対者に嫉妬しているというようなものなのです。
 おわかりですかな?

──そうか! これはある意味では、東畑開人さんが、その嫉妬的円環構造のずーっと先で横道さんその人に嫉妬してしまっている、ということなんですね。

横道 そういうことです。このように、一般的な論理を極度に誇張してみせる、つまり屁理屈をこねるというのも、ユーモアのひとつのテクニックです。

──なるほど! そしていま「あっ、そうか!」と思いました。このいわゆる「アハ体験」もユーモアと深い関係がありそうですね。

横道 多くの人は退屈な日常に飽き飽きしています。ですからアハ体験できる機会には喜んで食いつきます。そういう鬱屈した思いで、ディズニーランドやUSJに行くのです。新作のゲームに没頭したり、海外旅行に行ったりするのです。習い事を始めたり、むずかしい本の読書に挑戦するのも、アハ体験を求めてという部分は大きいはず。アハ体験を与えられるユーモアを紡げば、相手の人を喜ばせられるだけでなく、相手の心を健康にもできます。

──でも狙いすぎだと思われると、きつくなりますよね? むりして知的なユーモアを語りたがろうとしていると思われたら。

横道 何ごともほどほどが肝心です。そうでないと、笑いのツボが枯れてしてしまいますから。「お笑い不感症」になってしまいます。

──私は個人的に、さっき横道さんが言っていた「じぶんをさげる笑い」よりも、「なにぃ? 一体なんなんだ、こいつは?」と思わせるようなユーモアが好きなんですよ。「偉そうにする」のとは違うけど、ちょっと相手をのけぞらせるような。

横道 私も若い頃はよくやりましたよ。あるとき恋人と旅行に行って、朝になりました。すると外では鳥たちが異常なほど大声で鳴きわめいていたんです。ギャアア、ギャアア、ギャアアって。私はうるさいなあと思ってシーンとしていたのですが、あまりにもうるさいので、沈黙をいきなり破って、大声で「ザ☆迷惑!」と叫びました。そしたら恋人は、「こんなにも?」というくらい笑いころげてくれましたね。

──私はいま横道さんが「ザ☆迷惑!」と絶叫したら、怖くて震えそうな気がします。

横道 はい。年齢、タイミング、相手との関係性によって笑いのツボは変化します。お笑い芸人なんか見ていてもそうでしょう。男性陣が「こいつ、めっちゃおもしろい!」って笑いころげているのに、女性陣が引きつった顔で戦慄していたりする。「こういう男性が身近にいたら怖い」と思って、引いてしまうわけです。さっきあなたが言っていた「相手をのけぞらせるような」ユーモアには、そういう危険がつきまといます。

──シュールな笑いと一般的な笑いについてはどうですか。

横道 私は基本的にシュールな笑いを熱愛しています。個人的にはシュールな笑いは自閉スペクトラム症に関係が深いと思っています。一般的な笑いは定型発達に関係が深い気がします。
 しかし、シュールな笑いは理解されにくいという大きな欠点があるので、「シュールな笑いのうち、もっともシュール度が低いあたり」を狙っていくことが多いのです。

──自由に生きていそうに見えますが、さまざまな心配りがあるんですね。

横道 その微妙な当たりを狙うのは難しいんですよ。ボーリングでストライクを取ろうとするようなものです。リキんじゃうと、すぐにガーターになって、ピンは一本も倒れません。

──そういえば横道さんには吃音もありますよね。少し話すだけなら出ませんが、わりと長くしゃべってたり、複雑な受けこたえをしてたりすると、いつも吃っている気がします。

横道 吃りすぎて日常生活が難しいとか、吃るのはときどきでも、いったん吃りだすと止まらないというあたりではないのですが、子どもの頃は吃音で劣等感を覚える場面はいろいろありました。
 でも子どもの頃は場面性緘黙と、チック症と、発達性協調運動症と、限局性学習症のほうが、よほど目立つ問題でした。学校でも家庭でもうまく話せず、ずっと黙りこんでいました。鼻や口をひっきりなしにヒクヒク引きつらせていて、治療に行くことになりました。運動音痴と手先が不器用なのと算数がほとんどわからないとのとで、授業中しょっちゅう苦悩していました。吃音の苦しみは、それらと比べるならば、小さいものでした。

──おとなになってからは?

横道 おとなというのは、人間関係と多様な業務でできた大海原をひとりで舟を漕いで渡っていかなければならないわけですから、自閉スペクトラム症とADHDが決定的な問題だと感じますね。場面性緘黙とチック症はだいぶやわらぎましたし、限局性学習症で困る場面はいまの仕事ではほとんどありません。吃音はと言えば、「話していて吃りだすのは、他人を観察していると、案外チャーミングだ」とあるとき気づいたので、私自身に対してもそう思っています。

──へえ、その問題では前向きなんですね。
 それにしても横道さんは、自閉スペクトラム症、ADHD、限局性学習症、発達性協調運動症、チック症、場面性緘黙、そして吃音。

横道 吃音は正式には小児期発症流暢症と言います。

──話の腰を折ってくれて、いかにも発達障害者ですね。ほんとうにありがとうございました。
 いずれにせよ、いま話題になったのは、ぜんぶ「発達障害」の下位カテゴリーなんですね。

横道 精神医学の分野では、「発達障害」は正式には「神経発達症群」と言いますが。

──また折ってくれて、ありがとうございます。

横道 こんなふうにくだらない単純な言動を何度も反復するのも、ユーモアのコツです。

──なるほど。最初は笑ってくれても、すぐに鬱陶しがられそうです。

横道 ですから私のことは、「発達障害の生きたバーゲンセール」と呼んでいただきたいのです。たくさん揃っていておトクなんですが、私の発達障害を「どうれ、おもしろそうだからひとつくらい買っていってやろうか」って言ってくれる人はひとりもいません。

──なにが「ですから」なのか、わかりませんでした。それがシュールなユーモアなんですね。
 そして、なるほど。そういうブラックユーモアも、少しなら効果的ですね。やりすぎると怖がられますが。
 あと横道さんはわりと「私のことは〇〇と呼んでいただきたい!」って言いたがる人ですが、それはネタ出し用のテンプレートなんですね。

横道 テンプレートはとても大事です。同一性保持にこだわる自閉スペクトラム症の特性にもあってるし、何よりお客さんは「​​キタ―――(゚∀゚)―――― !!」と思ってくれます。昔風に言うと、「いよっ横道屋、待ってました!」ですね。
 あと不幸ネタは、じぶん自身がほんとうに笑えると思ってる範囲でやるのが良いです。そうしないと、笑いとしてとても成りたちません。言ったほうも聞くほうも悲しくなります。

──きょう教えてもらったことを、これからふだんの生活で試行錯誤してみようと思います。

横道 はい。試行錯誤がなによりも大切です。イチローでさえ4割打者になれなかったのです。3割打てれば充分すごいと思うことです。10くらいネタを振って、そのうち3つくらいでも当たれば胸を貼って良いと思います。

──よくわかりました。


いいなと思ったら応援しよう!