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酔いざめの水以上に美味な酒を飲んだことがありますか?
『夜明けのささやき』
東京の喧騒が少し落ち着いた深夜、
夜勤を終えた私は同僚の誘いを受けて、六本木ヒルズへと足を運んだ。
普段なら居酒屋で騒ぐところだが、この夜は違った。
初夏の爽やかな風が頬をなでる心地よい夜だった。
24時間営業のスーパーで、
同僚が「上善如水」と紙コップを買ってきてくれた。
高層ビルの谷間にあるベンチに腰を下ろし、静かに酒を酌み交わす。
都会の喧騒から少し離れた場所で、
夜空を見上げながら飲む日本酒の味は格別だった。
「俺さ、父親と結構仲がいいんだ」
同僚が突然切り出した。
「へえ、そうなんだ」
「うん。父さん、仕事の悩みとか、同僚のことまで俺に話してくれるんだ」
その言葉を聞いて、私は不思議な気持ちになった。
当時、フリーターだった私には、
結婚や将来のことなど考える余裕すらなかった。
そして、父親との関係は最悪だった。
むしろ嫌いだと言っても過言ではなかった。
しかし、同僚の話を聞くうちに、
父と子の関係にもいろいろな形があるのだと気づかされた。
心が少し軽くなる感覚。
それは、自分の中の何かが溶けていくような不思議な感覚だった。
夜風に吹かれながら、私は遠い未来を想像した。
もし自分に子供ができたら。
そのとき、今の自分のような頑なさは捨てて、
子供に心を開いて相談できる父親になりたい。
そう思えた瞬間だった。
今でも父との関係は複雑だ。
しかし、あの夜のことを思い出すたびに、人との繋がりの大切さを感じる。六本木の夜景を背景に、静かに注がれる日本酒。
その透明な液体のように、人の心も澄んでいけるのかもしれない。
そんな希望を胸に、私は今日も生きている。
(おわり)