土着と文化人類学
みんな地元のこと好きよね。
でもなんで地元のことがそんなに好きなんでしょうか。
生まれも育ちも〇〇
って人たくさんいるでしょ。
極端に地元のことを好きすぎて、地元から一歩も出ない人。
なんで土着した人は地元のこと好きなん。
今日も深く思考する為のトレーニングします。
結論:慣れてるだけ説
例えば大阪の人って、大阪のことめっちゃ好きなわけ。
僕も大阪で生まれ育ったから大阪のこと決してきらいではないよ。
でも東京とか湘南とかフィリピンとかいくうちに、大阪のイヤなところもわかるわけ。それは離れてみないと気付けない。
だから、大阪にしか住んだことない人が、大阪のことを好きな理由がわからない。
単純に生まれた場所だから、好きなだけなんよね。
理由があるようで、理由がない。そして根拠もない。
比較対象がないのに、なんでそんなにスキって言えるのか。
コンフォートゾーンから抜け出せないだけではないのか。
文化人類学もこんな感じ
ちょっと話が大きくなるけど、文化人類学の考え方で面白いのが、
『違う異文化を理解してこそ、自分のことがわかる』
って考え方なんですよ。
自分のことを理解するためには、他者と交わってみてはじめて、自分と周りの人の文化や特徴がわかるという根本的な思想がある。
文化といってしまうとスケールが違うけど。
でも、地元から出たことない人の『〇〇は住みやすいよ』って意見は、存在しているようで無色透明。
ファクトでいうと、優劣とか良し悪しとかそんなものは無い。
でも、ファクトではなく、”解釈” の解像度を上げるためには、隣の芝生に上がり込んでみるのが良いのではと思いました。
好きとか嫌いとかは、ファクトと絶対値で評価するのではない。
解釈と相対値で決まるんだな。
おっと15minたつ。終わり。
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