毒リンゴの老婆

 仕事を終えてサウナに入り、バスを待っていた。数人がバスを待っており、私の前に老婆がいた。何となくわかっていただけると嬉しいのだが、その老婆は手助けしたいと思えるようなタイプではなく、どっちかというと関わりたくない感じのオーラを発していた。毒リンゴを食べさせちゃうタイプの老婆だ。

 バスが来て、老婆がバスに乗り込んだ。硬貨を入れて中に進もうとしたときに運転手が言った。「ちょっと、これお金じゃないよ」。私も前に間違って五百円によく似た外国の硬貨を入れてしまったことがあり、みたことがあるのだが、運転席からは、あの硬貨を入れるところが透明になっていて中が見えるのだ。

 老婆が何かを大声で叫んだ。証拠があるのか的なことだ。歯がないらしく、ちょっとよく分からなかったが、そんな感じのことを喚いた。証拠も何も、運転席からは見えるのだ。運転手はそれを指摘したが老婆は頑として譲らず、証拠はあるのかの一点張りである。バスに乗ろうとしている客、何人かは困惑である。運転手は諦めて「もういいよ、乗って」と言った。老婆は何かを叫びながら乗り込んだ。正義が敗れると残念な気持ちになる。しかし世の中にはこういうことが溢れている。だからこそ正義が最後には勝つ水戸黄門のドラマがみんなに観られるのだし、半沢直樹が高視聴率をとるのだろう。

 とりあえず目的地について酒をいくらか飲み、定食屋に入った。注文の品が出てくるのを待っていると、ひとりの男が大声で叫んだ。「よくわからないので、帰りまーす‼︎」。彼は下駄を履いており、カラカラと音を立てて店を出て行った。食券の買い方が分からなかったのか。それともおかわりのシステムが理解できなかったのか。いずれにしてもこの場合、店は損をしていないと思われるので、正義が負けた気はしない。しかしなぜ下駄なんだ。いいけど。

 しかし、世の中にはいろいろな人がいるもんだよなあ、と改めて思った。

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 これは関係ないけど先日見かけた、杖にアゴを乗せてタバコを吸っていたおじいさんである。この人は毒リンゴの気配はしなかった。

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