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共同親権のデメリットは克服できる

1.報道が伝えている共同親権のデメリット

 日本では、未成年の子に対する親権は、婚姻中の夫婦のみが共同で行使するものとされ、離婚後や事実婚などの婚姻外の父母には共同親権が認められていません。
 しかし、日本が子どもの権利条約を批准し、その中に定められている親子不分離の原則に婚姻外の単独親権が反しているのではないかという国連からの勧告や、男性も育児に積極的に取り組むようになってきたことなどの背景から、日本でも離婚後の共同親権(注1)を求める声が強くなってきました。そして、8月末までに、法制審議会親子部会が中間試案を取りまとめることが発表され、最近ではマスコミでも共同親権の問題が取り上げられることが増えてきました。
 こうした報道の中で、共同親権のデメリットとして、
① 父母の意見が対立したときに、子どもの大事なことが決められず、子どもの不利益になる場合がある
② DVや虐待があったときに、元配偶者や子どもが逃げることができなくなるのではないか

という2点が取り上げられています。(NHKやNEWS ZEROの報道など)
 確かに、制度の作り方によってはこうした危惧が現実のものとなるおそれはあると思います。しかし、こうしたデメリットをできるだけ抑えるための仕組みを考え、制度を作ることは可能です。実際に、欧米などの共同親権先進国はデメリットを抑える仕組みを共同親権制度の中に組み込んでいます。
 以下、その具体的な方法について述べていきます。

NHK NEWS9の報道の画面

2.《デメリット①》
  子どもの重要事項が決められなくなる?

 上記の二つの報道では、重要事項の例として『子どもの進学(教育)』が挙げられています。進学以外でも、塾などの習い事・医療・銀行口座の開設・パスポートの取得などが、例としてよく挙げられます。
 それでは、これらは共同親権になったら本当にできなくなってしまうのでしょうか。答えは『否』です。
 
日本では、裁判で離婚しようとする場合、2年程度の期間が必要になります(もちろん、事案によってもっと短い場合ももっと長くかかる場合もあります)。離婚が確定するまでは父母は共同親権者のままなのですが、その離婚を争っている期間に子の進学(受験)問題や病気などで医療にかかる必要が生じることはあるわけです。しかし、一方の親権者(多くの場合は子どもと別れて暮らしている親でしょう)が同意しなかったために子どもが進学の機会をふいにしたという話も、必要な医療が受けられなくて困ったという話も調停や裁判で決めてもらわねばならなかったという話も聞いたことがありません。それは、民法825条で父母の一方が単独で親権を行使した場合でも相手方が他方の親権者が同意していないことを知らなかった場合にはその法律行為は有効なものとされるからです。実際に、契約などで親権者の署名が必要な書類でも、親権者の欄は1名分だけであることが実際には多いようです。
 もっとも、これに対しては、民法825条の規定は「夫婦」という生活共同体が基盤にあるからそのように一方親権者の意思を共同の意思のように扱うことが許されるのであって、離婚後の父母には共通する基盤がなくなっているのだから、そのままそれを適用することはできないのではないか、という反論が考えられます。
 私は、この反論も一応もっともであると思います(注2)。民法825条が使えないとなると、親権者の同意が必要となるたびに離婚した父母が話し合いをしてどうするかを決めてからでないとできないとすれば、実際に子どもの利益を損ねてしまう場合もありそうです。
 では、どうすればよいのでしょうか。海外の共同親権先進国では、子どもが成人するまでに予想される出来事についてあらかじめ親権をどのように行使するのかを離婚する際に決定させたり、事項ごとに父母いずれかが優先的に親権を行使できることを決めておいたりすることで、この問題を解決している国が多いようです。もちろん、予想外の突発的な事態が起こることもありますが、そのような場合にはその時に子どもと一緒にいる親の意思決定を優先するとしておけば足りると思います。

では、単独親権(現在の法制度)ならデメリットはないのでしょうか?

 ここまで、共同親権にした場合にデメリットとして言われていることについて考えてきましたが、今度は単独親権の場合について考えてみましょう。
 確かに、単独親権ならば元夫婦間でのトラブルはほとんど起きないでしょう。しかし、その単独親権者である親が常に子の利益にかなった判断をするという保証は何もありません
 子どもにとっての重要事項はいろいろと考えられますが、子どもにとって決定的に重要なことがらは
・居所決定権(子どもがどこで誰と一緒に住むかを決める権利)
・身分事項(子どもの姓の変更や養子縁組)
・重要な財産の管理(子ども本人が所有する財産。祖父母などから生前贈与や遺贈で大きな財産を受けることもあります)
の三点が挙げられると思います。
 いちばん分かりやすい養子縁組の例で考えてみましょう。子どもは満15歳になると自分で養子縁組のことを決められます(法律用語で「縁組意思能力」と言います)。15歳未満の子どもについては縁組意思能力がないものとされ、法定代理人が子どもに代わって縁組をするかしないかを決めることができます(法律用語では「代諾」といいます)。そして、未成年者を養子とする際には、原則として家庭裁判所の許可が必要です。ところが、例外として、自分または配偶者の直系卑属(子や孫)を養子とする場合には家庭裁判所の許可は不要とされているのです。
 この結果、離婚で単独親権者となった者が、いわゆる子連れ再婚をする際には『代諾』によって再婚相手と子どもとの養子縁組をすることが可能となっているのです。この際には、非親権者となった親の意見を聞くことはもちろん、養子縁組をすることすら知らせる必要もありません。また、いったん養子縁組がなされてしまうと非親権者は親権者変更の申立てもできなくなってしまいます。
 もちろん、連れ子再婚と代諾養子縁組の全てが子どもにとって害になるわけではありません。しかし、連れ子に対する児童虐待も無視できない問題です。(参考記事
 離婚後の共同親権が導入されれば、代諾権者は父母双方となります。一方が縁組に同意しなければ、養子縁組はできないことになります。この場合でも、子どもが15歳に達すれば子ども本人の意思で縁組をすることは可能です。どちらの方が子どもの利益を守れるでしょうか。また、離婚という理由だけで親権を失った親が意見すら言えないような制度はあまりにも非人道的なものと思います。
 養子縁組以外でも、子どもがどこに住むかや子どもの重要な財産をどのように管理するかは、両親が話し合って適切に決めるのが、結局は子どものためになるのではないでしょうか。

3.《デメリット②》
  DVや虐待が続くおそれがある?

 共同親権や共同親権に基づく共同監護(父母による交代監護)・面会交流が行われるようになると、DVを受けていた配偶者や虐待を受けていた子どもが加害者である親との関係を断ち切れず、DVや虐待が続くおそれがある、ということも共同親権のデメリットとしてよく言われるものです。
 実際にはどうなのでしょうか。
 いま、年間に約20万組の夫婦が離婚すると言われています。このうち、約6割くらいが未成年の子のある夫婦の離婚だとすると、約12万組の夫婦が離婚後は必ず単独親権とされ、一方の親=12万人が親権を奪われていることになります。
 一方、夫婦が離婚する原因にはさまざまなものがありますが、司法統計などを見る限り、男女ともに離婚原因のトップに挙げられているのは「性格の不一致」なのです。(参考サイト
 しかし、女性側の離婚原因を見ると、「暴力を振るう」「生活費を渡さない」「精神的に虐待する」などがそれに続いており、経済的DVや精神的DVも含めるとかなりの数を占めると思われます。(ただし、これは一方当事者の主張であるため、実際にDVがどのくらいの割合を占めるのかは不明です。それは、離婚の中でも協議離婚が約9割を占めているからです。)

協議離婚制度こそ、最大の問題

 実は、この『協議離婚』という制度に大きな問題が潜んでいるのです。協議離婚は、夫婦が離婚に合意し、子どもの親権者となる者を決めて、役所に離婚届を提出しさえすれば、離婚できてしまいます。未成年の子どもがいる場合には、養育費や面会交流の取り決めをしたかどうかだけチェックするように離婚届の様式が平成24年に改められましたが、取り決めをしていない場合でも問題なく離婚はできます。取り決めをしている場合でも、その内容は全くチェックされませんし、単なる口約束だけということもあります。
 また、協議離婚では離婚原因は問題とされませんから、そこにDVや虐待があった場合でも被害者や子どもを見つけ出して救うことはほぼできません。
 それでも、離婚をして単独親権になれば、元配偶者と縁が切れ、結果的にDV被害者や子どもは救われるのでは、と思うかもしれません。そのようなケースももちろんあるでしょう。しかし、そのようなケースばかりではありません。有名な目黒女児虐待事件ではどうだったでしょうか。
「元夫は養育費を払わないどころか、離婚後も金をせびった。脅し口調だから断れない、そんな身の上話に耳を傾け、「利用されただけ」と優しく気づかせてくれた男がいた。店のボーイをしていた8歳年上の雄大だ。」(引用元の記事
 これは、離婚後の単独親権であってもDVから必ずしも逃れられないというひとつの証拠です。そして、この母親はDV男と再婚して、子どもの虐待死という最悪の結果になるまで救いの手が差し伸べられることはなかったのです。
 これに対しては、『それはDV防止法や児童虐待防止法の問題であって、離婚後の単独親権の問題ではない』という反論が予想されます。しかし、私はそれに対してはこう反論します。『それはDV防止法や児童虐待防止法の問題であって、離婚後の共同親権の問題ではない』と。DVも児童虐待も婚姻中の共同親権下でも起きているのですから。

協議離婚はなくせるのか?

 欧米などの共同親権先進国では、未成年の子のある夫婦が離婚する場合には、養育費や共同養育計画、面会交流などについて離婚前に父母に取り決めをさせて、これを裁判所がチェックして、初めて離婚を許すというシステムを採り入れている国が多くあります。もちろん、DVや虐待の有無についてもこのシステムの中でスクリーニングされ、共同親権者として不適と判断されれば単独親権ということになります。
 私は、日本が離婚後の共同親権を採用する際には同様のシステムを構築すべきと考えています。しかし、それは実際に可能なのでしょうか。
 弁護士滝本太郎氏は、年間20億円程度の予算で実現可能と試算しています。私には、このような試算をする能力がありませんので、滝本弁護士の試算が正しいとも間違っているとも言えませんが、感覚的には制度の立ち上げ時に初期費用として数百億円、年間の費用増加分として数十億円程度で実現可能なように思えます。
 予算と同時に問題になるのは、家庭裁判所の人員(裁判官、書記官、調査官など)の拡充をどのように図るかという点です。裁判官は新任の裁判官の採用をもっと増やすべきですし、書記官や調査官はロースクールを修了したが制限期間内に司法試験に合格することができなかった人の活用を考えれば十分な人員補充は可能だと思います。

システムが作られてもスクリーニングから漏れるDVや虐待はあるのでは?

 このような懸念を持たれる方もいると思います。確かに、スクリーニングをしてもそこから漏れるDV加害者や虐待加害者がいる可能性は否定できません。しかし、スクリーニングをしないままよりもした方がより少なくできることは確実です。どんな制度でも最初から完璧に作ることは非常に難しいものです。しかし、戦後75年以上もの間、放置されてきた家族法のシステムを大きく変えていかなければ、悲惨な児童虐待事件もDV事件も減らしていくことはできないのではないかと私は考えます。さらに、DVや児童虐待の被害者を守ることは重要な人権課題であるとともに、DVも虐待もなかったのに子どもと不当に引き離されて会えなくなる非親権者の問題も非親権者と子どもの重要な人権課題です。この両方の課題をしっかりと見ながら、どのような制度が子どもと親にとって最善の制度なのかを考えていかなければなりません。

4.まとめ

 このように、共同親権の制度をしっかりと作ることによって、心配されるようなデメリットは最小限に抑えることが可能です。
 もしも、このような仕組みを作った場合でも共同親権のデメリットがメリットを上回っているのならば、共同親権先進国は子どもやDV被害者を保護するために共同親権を廃止する方向に舵を切っているはずです。しかし、実際にそのような国はありません。(注3)
 最後に、私の好きな憲法の条文の一つを紹介して、まとめに代えさせていただきます。
日本国憲法
第二十四条  配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

                   ~以上~

補注

(注1) 私は、事実婚の場合も共同親権が認められるべきと考えていますが、この稿では現在の議論の中心である「離婚後の共同親権」について考えていきます。
(注2) 「一応」という留保を付けたのは、多くの親は子どもの利益を第一に考えるだろうという推定をすれば、すなわち夫婦という生活共同体ではなく、子を中心に据えた父母の意思共同体のようなものを措定することもできるのではないかという思いもあるからです。
(注3)大阪経済法科大学の小川富之教授はオーストラリアでは共同親権が子どもへの虐待やDVを継続させたとして見直しが進められていると主張していますが、離婚後の共同親権制度自体が見直されているわけではありません

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