「Stay Home」が求められる現在の「ライブ配信」のひとつのかたち
この情勢下のなかで、いくつかのライブ配信のお仕事がなくなる一方、この3月から「無観客ライブ配信」のお話をいただき、何本かお手伝いしてきました。いまでもそうした案件はいくつか進行中ですが、お客様は入らないとはいえ、現場では演者さん、マネージャーさん、音響スタッフ、照明スタッフ、撮影・配信スタッフとそれなりの人数が同じ空間にいることになるため、感染予防対策は必要です。
なるべく少人数に限定し、体温測定、自己申告での体調不良がないかの確認、会場の換気、作業ごとの手洗いの徹底、弁当などは離れて向き合わずに食べる、手の触れるところの消毒、打ち上げはしない、可能な会場であればスタッフ動線も一方通行にする……などなど。
TVでも感染対策が報道された、とある無観客配信イベントにもスタッフで入っていたのですが、そのときは看護師の方も常駐し、衛生安全面の責任者が常に全体の状況をみるなど、無観客ライブ配信を安全に行うための、ひとつのベンチマークになるイベントだったと思っています。先日もイベントから2週間が経過して、健康状況のヒアリングがなされたりと徹底した対策を行っていました。いずれ、知見が公開されると期待していますが、ただ闇雲に自粛なのではなく、適切にリスク管理をして実施する方向を模索したいものです。
特に、チェキなどを撮る特典会が収益のひとつの柱でもあるライブアイドル・地下アイドルにとっては、いまは危機的な状況ではあるわけですが、これまでライブ配信やライブ映像の撮影もあまりやってこなかったグループのライブの動画が、配信を通じてできあがることで新たなファンを呼び込んだり、インターネットサイン会などで一定の売上を上げているグループなどもあって、ピンチをチャンスにする動きも多く出ています。
また、ライブ映像も無観客だからこそできる撮影方法による、ふだんのライブ映像では見せられない魅力も出せたりなど、かならずしも悪いことばかりではないなとは思っています。もちろん、ふたたび以前のように楽しいライブハウスのステージとフロアが戻ってくる日を願ってやみません。
「Stay Home」を実践する
さて、無観客ライブ配信の可能性も捨てきれないところではあるのですが、人が集まる以上、感染予防対策をしっかりやっても万全ということはありません。
トーク系のイベントであれば、「Zoom」を使ってそれぞれが自宅や自分のオフィスからリモートで集まって、Zoomから直接YouTubeライブに配信したりすることもできますし、すでに実践されている方々もいっぱいいます。
スマートフォンの普及、特にiPhoneの内蔵マイクと音声処理の質の高さ、また、AirPods Proなどの高品質なマイク内蔵イヤフォンなどの存在で、プロがいなくても、ある程度の品質の配信、通話ができるようになったのもあって、そうしたZoomによる配信の音声品質もよいものが多く、またアイドル本人がツイキャスや、いわゆる「インスタライブ」でのコラボ配信なども行っていますが、それらも比較的高品質です(むしろ、中途半端なプロがちゃんとした機材でやっている配信のほうが品質が低いくらいです)。
トーク系は、比較的やりやすい状況ではあるのですが、バンドのセッションやグループアイドルの歌唱を「Stay Home」で、かつライブでやるとなると、まだまだ多くの挑戦が必要です。音だけであれば、ヤマハの「SYNCROOM」やその前身の「NETDUETTO」などのソフトウェアもあり、僕らもいろいろ模索したり実験しています。
ライブ動画を観ながら、演者がコメントする配信
そんなわけで、いますぐできる音楽モノの「Stay Home」な配信の例として、実際に2020年4月4日に配信した「電影と少年CQの『月世界旅行通信 vol.1』」の配信の裏側について、書いてみたいと思います。
今回は生配信ではあるものの、音楽についてはライブでの歌唱はなしで、2019年12月4日に行われた電少のワンマンライブの映像を観ながら、メンバーがコメントするという内容にしました。メンバーもスタッフもそれぞれの自宅やオフィスから参加しました。
台本は電少のスタッフで演出を手がける長田左右吉さんが書いたものを事前にシェア。再生するライブ映像は事前に再生する範囲ごとにカットしてすぐに送出できるように準備しておきました(ちょっとここでミスはありましたが)。また、配信前日にスタッフだけでテストをかねたリハーサルと打ち合わせを実施しました。
メンバーのコメントと映像は、Zoomでやりとりされているので、配信拠点にあるZoomの端末の画面を配信用に使い、ライブ映像は配信拠点から直接YouTube Liveで送出することで、画質と音質を維持して配信できました。Zoomなどのテレビ会議システムの多くは、人間の声に最適化した方法で音声を伝送していて、音楽を高音質で送ることには向いていないため、すべてをZoomでやりきるのはちょっと難しいのが現状です。
メンバーがコメントを入れる場合ですが、YouTubeの配信を観ながらだとタイムラグがあるうえ、音がループしてしまうため、配信している映像とライブ映像の音声もZoomで返すようにして、ほぼタイムラグなくコメントが入れられるようにしています。
YouTube Liveへの送出も「低遅延」にしておいたほうが、チャットのコメントをメンバーが拾えるのでよいでしょう。今回は画質と安定性を優先して、標準の遅延にしてしまったので、ややタイムラグが出てしまいました。
また、Zoomの標準の設定では、喋っていない場合は音声を送らないような制御が行われているため、そのままでは音楽を送ると楽曲によっては雑音と見なされて途切れ途切れになる場合もあり、その辺の制御の機能を配信拠点側のみオフにしておく必要があります(特にEDM系だと無音になってしまいがちなようです)。
今回は、メンバーとやりとりをしているZoomの画面をそのまま配信に載せるのではなくて、メンバーごとに切り取り、専用の背景画の上にレイアウトしています(いまCNNなどはほとんどこんな画面ばかりですね)。
ライブ映像の送出中はいわゆる「ワイプ(P-in-P)」でレイアウトしています(マスクを設定し、ワイプの境界もソフトな感じにしています)。こうした処理は特にワイプの数が増えていくと安価なスイッチャでは難しいのですが、今回スイッチングと画面合成のために利用したWirecastはその点自由度が高いので、低予算でこうした演出が必要な場合には大変重宝します(前回の失敗を踏まえて、バージョン12.2.1を使用しています)。
実際には、Zoom専用のMacを用意して、その画面出力をWirecastが動くMacに入力して、いい感じにレイアウトするようにしています。ライブ映像の送出はWirecast自身でもできるのですが、音を別に処理したかったので、外部のレコーダで再生、音は別途オーディオインターフェイス(今回はZoom H6を使用)に入力して、Audio Hijackで処理しました。なお、Wirecastの仮想カメラ機能とスクリーンキャプチャ機能を使って、1台のMac、PCでZoomとWirecastを動かすことも可能ですが、コマ落ちしたり、負荷が上昇し安定性に不安があったため、今回は別のMacを用意しました。
音声については、メンバーに自身の声も含む配信音声をそのまま返してしまうと、音声がループしてしまうため、Zoomに入力する音声はライブ映像の音と、配信拠点にいる私がキュー出しするためのハンドマイクの音声のミックスのみを返すようにしています。
配信音声は、Zoomを動かしているMacの音声出力(これはメンバーの音声のみで、こちらからZoomで送る音声は含まれません)とライブ映像の音声をミックスしたものです。配信開始の冒頭はそのバランスがいまいちで、ライブ映像の音が大きすぎて、メンバーのトークが聴きにくい場面があったため、配信しながら調整をしていきました。
まだまだ、理想的なチューニングには到達できてはいないのですが、メンバーが、喋っていないときはライブ映像の音声が普通の音量で流れ、メンバーが喋ると自動的にライブ映像の音声のボリュームが下がるようなシステムを構築しています。
メンバーが喋り終わった後にライブ映像の音声レベルを戻すの、もうちょいはやくてもよいかな、とか、全体のバランスとかまだまだチューニングは必要ではあります。普通の配信現場であれば、音声は音声担当、映像は映像担当と複数人でオペレーションできるのですが「Stay Home」の環境下だと、どうしてもある程度ワンオペでできる工夫が必要になってきます。
なお、今回の配信で一部を紹介した「電影と少年CQ 第三回単独公演 “Welcome to The Moon”」の映像全編が期間限定で公開されていますので、ぜひともこちらもご覧ください。こちらは、僕がワンオペで撮影した5台のカメラの映像と、ファンの方がスマホなどで撮影した映像を合わせて編集したものです。DVD化の予定もありますので、よろしかったらそのときはぜひお買い求めください。
今回はすでにあるライブ映像を使いましたが、「Stay Home」をキープしながら、映像コンテンツを作って、配信するなどいろんな可能性を感じました。
バンドや複数のメンバーのいるアイドルが、バラバラの場所で一緒にライブするのは難しくても、別々に撮影したものを編集して、それをみながらトークして視聴者とコミュニケーションを取るというのは充分にアリだなと思いました。
……というのを、昨日公開された、lyrical schoolさんのメンバーそれぞれの自宅で撮影されたライブ動画を拝見して思いました。これはいい感じだし、表現者にとってもすごくいいヒントになるので、ぜひ見てください(ただのヲタクです。スミマセン)。
実際の撮影はオケをイヤフォンで聴きながら、スマホで撮影されたようですね。
電少さんの企画も第二弾以降も計画されていますし、それ以外にもご相談いただいているものもあります。ライブハウスの苦境は心痛むものがありますが、ミュージシャンやアイドルの表現として、新しいチャレンジのお手伝いやアイデア出しをこれからもしていきたいと思います。
また、配信と同時に物販できる音源やグッズを投入することで、ある程度売上を立てていく道筋も、これまでお手伝いしたいくつかの無観客ライブ配信を通して強く感じています。そのなかから、ライブハウスを守ってもらうためのお金の流れとかできたら理想的です。
まぁ、自分も地下アイドルヲタクとしては、やっぱ「特典会」で、メンバーと直接話したいよね、ってのは強くあるんですけど、ここでの取り組みが、将来のライブアイドル、地下アイドルのマーケット拡大や、事態が終息したあとにも新たなファン獲得や収益の柱となるなにかが生まれていることを妄想しています。