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#2000字のホラー参加小説「排水口」

「ねぇ、なんで長袖? 暑くない?」

 ノートでハタハタと顔をあおぐ敦子の言葉に、瑞恵は困ったような顔をして答える。

「うん……暑いんだけど。半袖は、ちょっと」
「何? まだ出してないの? 今週、これからドンドン暑くなるらしいから死ぬよ?」
「いや、出してるんだけど……着れなくて」

 もじもじと制服の袖口をいじっている瑞恵に、敦子は遠慮のないツッコミを繰り出す。

「なに? あ、ムダ毛処理? ダルいよねー、あれ。あたしも昨日お風呂場で慌てて剃ったんだけど、ちょっと残ってるんだよねー。これ、目立つかな? 見えないよね? ね?」
「あ、大丈夫だと思う。そんなに見えない」

 瑞恵は、ひじの近くの剃り残された腕毛をしきりにこする敦子をなだめるように言った後、敦子の顔色を窺うように切り出す。

「……あのさ、敦子って、怪談とか信じる人?」
「え、なに急に」

「昨日さ、母親がお風呂掃除していたんだけど、『排水口から水が流れていかない』って言い出して。それでさ、中の方でなにか詰まってるんじゃないかって、古い歯ブラシ突っ込んでみたの。あ、うち、使い終わった古い歯ブラシ取っておくんだ。掃除用に」
「あ、うちもそれやる。で、洗面所の排水口とか窓のサッシの掃除に使うの」

「そうそう。うちもそれやってるの。で、その古い歯ブラシを排水口に突っ込んだら、何か引っかかっちゃって、取れなくなっちゃったんだよね。で、二人して、暫く押したり引いたりねじったりしてたんだけど。そのうち、スッ、て抜けて。
 そうしたら、さ。
 毛が全部抜けてたんだよね。歯ブラシがつるっぱげになってたの」
「あははははは。何それ、ウケるんだけど」

「で、排水口の奥から、ゴポッ、ボポポポっ、って変な音と生臭いような、変な匂いの風っていうか、嫌な臭いの空気が漏れてきて」
「あー、排水口の匂いってヤバいよね。しばらく掃除サボってたんじゃない? お母さん」

「うん……確かに、前に掃除してからちょっと間が空いちゃった、っていうのは言ってた。
で、排水口なんだけど、『まだ中に何かあるような気がするよね』って母親と言いあって、とりあえず引っかからないようなものを突っ込んでみよう、って。中に突っ込んだものが取り出せなくなると、結局その残ったもので、余計に詰まっちゃうわけじゃん」

 敦子は、うんうんと頷く。

「だから、歯ブラシじゃなくて千枚通しっていうの? うちの祖母が昔裁縫か何かに使っていたやつ。あれ、ぐいって突っ込んでみたんだ。そうしたらさ……」
「そうしたら?」

 瑞恵は、両手を揉みしだいて、眉を顰めた。

「なんていうか、すごく嫌な<感触>だったんだよね……柔らかい何かに突き刺さっていくような……それで、<音>っていうよりも、<声>みたいなものが聞こえたんだ……」
「……え。声?」

「うん。なんていうか、悲鳴っぽいような。高い音で、『ぎゅぅううう』みたいな、音っていうか、声っていうか……。それで、千枚通しを引き抜いたら、赤くてぬらぬらした血みたいなものがついていたんだ」
「……え。それ、生理の時に流れた血とかじゃなく?」

「うん……最初、排水口の奥に溜まったヘドロとか汚れがたまたまそういう色に見えたのかと思ったんだけど」

 そう言うと、瑞恵はぶるっと体を震わせた。教室の中は暑いのに、しきりと腕をさすっている。

「……でも、千枚通しをよく見ると、小さな、半透明の鱗みたいなものが一枚くっついていたんだよね」
「え、それ、コンタクトとかじゃなく?」

「ううん、もっと小さいの」
「詰め替え用のシャンプーの袋の切れっぱしとかでもなく? ほら、ああいう詰め替え用の袋って切り口がすごく開けにくくて、変な風にびよーんって伸びて千切れること、あるじゃん。あれのさ、小さく千切れたゴミが、そういう風に見えたとか」

 瑞恵は、溜め息を一つついて、言った。

「でも、そっくりなんだよ、これに」

 瑞恵が袖口をまくって見せた腕には、小さな半透明の鱗がびっしりと生えていて、午後の日射しを浴びて虹色に光っていた。

(終わり)

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