#2000字のホラー参加小説「トモダチ」
「ちゃんと持ってきた? カネ」
私が無言で俯いていると、胸のあたりを小突かれて、私は土の上に倒れ込んだ。それでも、土が柔らかく受け止めてくれたのでそれほど痛くない。
「アンタみたいな根暗なコミュ障に声をかけていじってやってるんだから、こっちが困っている時にトモダチとして金ぐらい出してくれっつってんの。とっとと言われた通りに金出し……うわっ!」
顔を上げると、彼女の身体が半分土に埋まっていた。もう一人は、びっくりしすぎて棒立ちになっている。あの時と同じだ。
「いやっ! 何これ! 引っ張られる!」
彼女は、腰から下が地面に埋まった状態で上半身をバタバタさせてもがいている。私はゆっくりと起き上がり、制服についた土を払った。
もう一人が、正気を取り戻して彼女を助けようと駆け寄ったところで、同じようにボコッと地面に沈み込んだ。
「おい! ちょっと助けてよ! ねぇ!」
私はもがき続ける彼女達に説明してあげた。
「ここ、子どもの頃にしょっちゅう来ていたの。6歳の時からかな。ちょうど、ここの工事が始まったとき。今はこんな風に工事が中断して、寂れた空き地になっちゃったけど、あの時はここに大型マンションを作るっていって、地元の商店街とかも盛り上がっていたんだけどね。
ほら、あそこ、囲いだけが残っているでしょう? あのときは、この囲いの周りに下から掘り返したような小さな穴がポコポコ開いていてね。なんだろうって思っていたんだけど、たまたま父と一緒にこの近くを通った時に『もぐらの穴だよ』って教えてもらって。
それで、怖くなってね。
だって、そうじゃない? もぐらの身になってみなさいよ。ある日突然、それまで自由に行き来していたところに巨大な壁ができて、その壁が行けども行けども続いていて、閉じ込められてしまったことに気づくのよ。怖いじゃない。もっと怖いと思ったのはね。その後、何度か通ったときに、その穴が増えていたことなの。地面の下から、もぐらが絶望の声を上げ続けているようで、本当に怖かったわ。
それでね、可哀そうだと思って、餌を上げることにしたの。生物辞典で調べてね、コガネムシやカブトムシの幼虫やら、クモ、ムカデ、カエル、カタツムリなんかを食べるって書いてあったから、そういうのを近所の公園や川――そう、ここをずっと行った先に川があってね、川原の茂みにカエルやクモがたくさんいたから、そこから獲ってきて、ここに放すの。
『もぐらさん、人間の勝手で、閉じ込めちゃって、ごめんね』って言って。
だけど、小学生くらいの子供ってそういうの、理解できないでしょう? キモチワルイって、学校でいじめられてね。
あの時も、そうだったの。
学校の帰りに、帰り道で見つけたクモをここで放してたら、クラスは違うけど同じ学年の、身体の大きいいじめっ子に絡まれてね。しかも、相手は男の子三人がかりよ。ひどいわよね。
最初のうちは『キモチワルイ』とか『こっちを見るな』とか言うだけだったんだけど、だんだんエスカレートして、髪をひっぱられたり、小突かれたりして……私が耐えられなくなって、涙をこぼした時だった。
突然、地面が揺れてね。私も、いじめっ子も、尻餅をついて。そうしたら、いじめっ子の近くの地面がぼこって盛り上がって……一瞬、何か尖ったものが下から突き出て来たように見えたんだけど、本当に一瞬の出来事だったから、何が起きたのかわからなかった。
それから、いじめっ子のリーダー格の子が急に消えたの。地面に吸い込まれたみたいに。私も、他の子たちも何が起きたのかわからなくて、呆然としていたわ。でも、すぐにほかのいじめっ子たちが騒ぎだして。
『穴に落ちたんだ! 大人に知らせないと!』って。
そうしたら、その子たちも続けざまにぼこん、ぼこん、って地面にのみ込まれて。
それで、私、『このことは大人に言っちゃいけないんだ』って思って。そのまま黙っていたわ。誰も、何も、私に聞かなかったし。
次の日、学校は大騒ぎになったけどね。何しろ児童が三人も行方不明になったんだしね。だけど、私は何も言わなかった。言ったら、もぐらさんに悪いことが起きるような気がしたから。
一か月くらい経ってから、工事現場で白骨死体が出たんじゃなかったかしら。
それで、現場での安全対策が不十分なために起きた事故、っていう結論になったんだと思う。それで、ここの開発はストップがかかって……ああ、あの子の事件だけでなく、開発会社の方でも何かあったんだったかな。それ以来ここは、工事が中途半端に止まったまま、転売もされず、空き地になったまま……。
その後私がどうしたかって? ずっと餌を上げて続けていたわ。もぐらに。だって、まだ友達だもの。あのもぐらとは。
だから、たまにね、大きな餌もあげるの。
だって、友達って助け合うものじゃない? だから、私は餌を上げて、もぐらは私に酷いことをする人や邪魔な人を消してくれるっていう……なんて言ったっけ、アレ。そうwin-winとか言うんだっけ? そういう関係……って、あれ?
……そっか、もうのみ込まれちゃったか」
(終わり)
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