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都内某所・役者志望と詐欺師の攻防

怪しげなLINEのスクリーンショット。
こいつは何者で、どんな経緯でこのメッセージが送られてきたか?
これはそんな話である。

フリーの役者は、よくSNSやサイト掲示板で仕事を探す。
シネマプランナーズとか、コリッチとか、オーディションプラスとかいろいろあるが、そのような場所には純粋に作品作りの仲間を探す劇団員や自主の映画監督、MVを作りたいバンドマン、クライアントの仕事を抱え演者を探すフリーのカメラマンなどももちろんたくさんいるのだが、存在しない映画などのオーディションに応募してくる役者志望の人間を騙し、搾取しようとしてくるケースがある。

適正な事務所所属からのスタートだったり、知り合いに芸能関係者がいて情報がもらえればすぐに詐欺と気付けるだろうが、なんのつてもない状態からだと、芸能界への知識もないので「これが普通なのかな」と思わされてしまうことが多く結構騙されやすい。

…だから、あいつは今もしぶとく生き残っている。

なぜこの記事を書こうと思ったかって、
2年前に私に妙な勧誘をしてきた詐欺野郎がまだ生き延びていることを知ったからだ。

養成所に通っていた頃、およそ2年前にその募集は某オーディション情報サイトに掲載されていた。

募集のタイトルは確か、「ネット配信で世界に配信される某有名事務所が協力する作品のキャスト募集」のようなかんじだった。

「某有名事務所」は名前が出されていたが、その会社もおそらく勝手に名前を使われた被害者なのでここではぼかす。
実在している、著名な芸人などが多数所属している有名な事務所だった。
その募集はオーディションでそこがキャスティングに協力しているネット配信オリジナル作品でのキャストを募集するという内容だ。
フリーで事務所に入っていない、未来ある俳優を探すのだ…という。

詐欺かもしれない、などとビクビクしていては何も行動が起こせない。夢と希望に溢れた人間なら簡単に飛びついてしまう。
私もそんな一人だった。

メールをするとすぐに返信が来て、
「六本木ヒルズにある提携オフィスで面談する」といわれ、六本木ヒルズで担当者と待ち合わせることになった。

六本木ヒルズのとあるフロアで待っているように伝えられ、現れたのは綺麗に丸めた坊主頭が特徴的なスーツ姿の男性だった。
オフィスはどこにあるのかと思ったら、そのままそのフロアにあった喫茶店に入り席についた。
男性はそこでPCを開き、面談を始めた。
「提携というオフィスはどちらに?」
と尋ねると、男性は汗を拭きながら
「いや今日はこちらで」と答えた。

その後、オーディションサイトに掲載されていた作品のことを色々と話された。

この作品にはあの有名事務所が協力していて、有名人(ある国民的な俳優の名前だった)も出演する。キャストに選ばれれば、あの有名人と共演できる。世界中にネット配信されるから人気者になるチャンスだ、と。

そして自分たちはキャスティングにいくらかの権利があると言う。
美味い話にも程がある。
オフィスではなく喫茶店で面談が始まったこともあり流石に怪しいと思い、

「普通は芸能事務所に話が回るんじゃないですか?」と尋ねると、

「不動産会社を経営する社長が、そのお金で自身の夢を叶える形で芸能の世界に事業を広げ、私どもの事業部が生まれました。
だから、このような普通なら事務所だけで回る情報を独占させず、夢を持つ者が俳優を目指せるようにしたいという理念があるので、フリーにも広く目に留まるオーディションサイトで募集をしたのです」
という。

ものすごく話が長かったので割愛するが、
最終的にこのオーディションに応募するには条件があるとのことだった。
その条件は、そのキャスティング会社に登録すること。
登録料と宣材写真費で初期約8万円、それから毎月たしか2、3万かかると言われた。
月2、3万なら、レッスン費としては妥当な値段で、相場の範囲内と言える。
だが、3か月ごとだという宣材写真代一回3万が手痛いな、と思った。

それだけならただの勧誘で済んだが、
坊主頭の営業マンはありえないことを言い出した。

「私たちのところで活動すれば、すぐに役者で食っていけるようになります」

そんな上手い話あるはずない。
この時点で「怪しい」という疑念が「めっちゃ怪しい」に変わった。
大手事務所の新人だって普通しばらくバイトをやめられないのだ。

「たしかにお金はかかりますが、私たちが回す案件は自社でのキャスティング案件が多いので優先的に皆さんが選考され、仕事ができます。簡単にペイできますよ」

証拠だと言って、「本当は個人情報ですから特別ですよ」と登録している役者のものだと言う給与明細を見せられた。
それを複数人分。

誰もが名前を知っている製品やメーカーの名前、有名なテレビシリーズ作品の名前がずらずらと並んでいて、月30万とか50万とか言う額を芸能界で稼いだことになっていた。

「こんなに稼げるなら、有名になれますよね。御社にはどんな方がエースとして所属してますか」と尋ねると、暑くもないのに汗を拭きながら
「名前の出ない案件も多々ありますから…」と言う。
養成所から時折エキストラで現場に参加していたし、名前の出ないような役のギャラの相場はなんとなくわかっていた。
契約内容によってギャラは変わるし、特例はあるかも知れないが、それにしても高い額が並んでいた。
CMのメインやサブのキャストを出したことがあるならサイトにでも載せたほうが箔もついていいのに、HPに細かい情報が載っていなかったのは確認済みだ。
やっぱり怪しい、と思ってさらに問い詰めた。

「ギャラが高すぎませんか」

「私どもは登録制で、事務所のように7:3とか5:5とかでマージンを取ってはいないので」

「月いくら払わせるより、マージン取った方が効率的では?御社の利益も大きくなるかと」

「皆さんに平等に機会を与えようという理念がございまして…」

他にも色々尋ねたが、何を聞いたか忘れてしまった。男性はだんだんと顔が赤くなってきて、それはもうものすごい勢いで汗を拭いていた。

「それで、いかがですか。今登録者が大変増えておりまして、残り枠があと7人です。早くしないと登録できなくなります。今日登録してください」

真っ赤な顔で男性は言った。
私の疑いは確信に変わっていた。

詐欺師向いてねーよ」と思いながらも

「持ち帰って検討します」と答えた。
「検討いただければ幸いです。LINEを交換しましょう」
「メールではダメですか」
「あのメールアドレスは今回のオーディション用でもうすぐ使わなくなるので…あと応募多数でたくさんメールが来るので気付かない可能性がありますので
「…え?」
「あ、いや、あくまで可能性として…」

私だってちょいちょいメールを見落とすし、連絡をし忘れたり遅れたりミスをすることは時折ある。

ご迷惑をかけたことのある皆様、大変申し訳ありませんでした。

誰にでもミスはあると思う。
だがそれをここで私に堂々と言ってのけてしまうのは社会人としてどうなのだ。

LINE交換しないと帰らせてくれなさそうな雰囲気だったのでLINEだけ交換して別れた。

その後会社公式LINEの追加を促されたのを無視してそれきりにしていたが、
それから数ヶ月後クリスマスの直前になって
こんなLINEが届いた。


あっ!!うっかり詐欺師の社名が!!

もちろんガン無視。
それ以来その男からのLINEはない。

私と詐欺師のこの詐欺師の直接の関わりは、
あのLINE以来全くない。

だが、


それから一年後、驚く出来事が起きた。

私はあの後養成所を辞め、
四谷の演技スタジオで演技の勉強をし始めた。

そこで出会った仲間達とはお互いに尊敬し合い、切磋琢磨し合う、良い関係を築いていた。

レッスンの休み時間に芸能界の詐欺師の話になった。
やはりそういう輩に遭遇したことがあったり、引っかかってお金を取られたことがあったりしたことのある仲間は多かった。
そのなかに、
「お金を取られてキャスティング会社に登録させられ、辞めたのにもかかわらず写真などを無断利用され続けている。自分でとった仕事をその会社の実績として勝手に掲載されるので迷惑して、弁護士を雇って争ってお金を取り戻したことがある」
という女優がいた。

彼女は当時スタジオの生徒としては入ったばかりだったが、既にフリーの女優としてCMやドラマに出演して女優として生計を立てていた。女優業で生計を立てられる、しかもフリーの彼女をすごく尊敬していた。

くわしく話を聞くと、彼女と争ったという相手の名前は私が六本木で会った男の名前と一致しており、名乗った会社名も同じで、あいつと彼女が争ったのが同一人物であることがわかった。
Twitterを調べると「被害者の会」アカウントまで発足されていた。界隈ではそれなりに有名な詐欺師のようで、オーディション情報サイトでもブラックリスト扱いらしい。

そしてその男に会った・騙されたという人間が、私と彼女含めその場だけで4人もいた。
スタジオの生徒数は全て合わせると100人を超えるが、そのうちの何人がその男に会ったことがあるのだろうかと考えるとぞっとする。
演技コーチもその会社の名前を知っていた。詐欺師の毒牙にかかりかけた生徒を何人か見てきていたらしい。

弁護士まで雇って争ったと言う彼女は、
「未だに写真取り下げてくれてないんですよ」
といって苦笑した。
タチの悪い詐欺師がいっぱいで嫌だね、怖いねという話でまとまって、時間が来てレッスンは再開。
その日の話はここで終わりだ。

が、この詐欺師の話はまだ終わりではない。


これはつい先日の話だ。
某オーディションサイトに、自主映画のキャスト募集があった。

監督は無名の俳優。
役者が自分で自主映画を作ることはままあることだ。最近特に増えているし知り合いにも作っている人がいる。特に気にも留めなかった。

ギャラがやけに高かったが、自分が安く使われた悔しい経験から費用を奮発して役者へのギャラを高めに出そう!と息巻く監督もときどきいる。
中には高いギャラ提示で金欠の役者を多く釣り上げて最後には踏み倒そうとする悪徳や、アダルト系も混じっていることがあるので要注意、くらいだ。

どんな作品か概要だけではよくわからなかったが、監督である俳優が同世代で親近感を持ったので、活動している役者であることを示すオーディション用プロフィール情報を添えて、脚本を見たいと請求する内容をメールした。

すると、面談の案内が届いた。

そして、そのメールの下部の署名欄には
あの会社の名前があった。

       そう、LeyLineと…

あれからさらに悪い意味で有名になってしまいオーディションサイトでブラックリスト扱いされているというのが本当のことなのか、自分の名前や会社の名前は出さずに他人の名前を使っていた。

私と同世代のこの俳優は、存在するのか。
架空の人物ならこの顔写真は誰だろう。
存在するとしたら、なぜ名前を利用されているのだろう。

彼は、仲間の詐欺師だろうか
それとも
詐欺の被害者なのだろうか…

いろいろな思考が頭をよぎったが、メールはそれきり返信せず、関わるのをやめにすることにした。

常に疑い、質問を繰り返し、
慎重に、矛盾を探すこと。
一旦持ち帰って考える。
絶対にその場で契約しない。
名前、事務所の住所、過去にそこにあった会社の代表名まで細かく調べる。

相手を簡単には信じないことが、
詐欺師に騙されない、搾取されない方法だ。

怪しいと少しでも思うなら同じことでも2回くらい聞くといい。
三流のバカな詐欺師は全ての回答がその場しのぎなので1回目と違うことを答えることがある。
そうでなくても、やましいことがある人間は同じことを注意深く2回も聞かれたことで「疑われている、詐欺だとバレているのでは?」と動揺するので、うまくいけば化けの皮を剥がせる。

正直、こんなにビクビクして毎回詐欺師ではないか、悪徳ではないかと疑いながらやり取りしたりオーディションに行くのはすごく嫌だ。
書類で選んでもらっても、現場に行くまで安心できない。
詐欺や悪徳の勧誘などにあたり、
時間や交通費を無駄にしたことも少なくない。
一方で現場に行ったらとてもいい人たちできちんとギャラも頂いて、あとで申し訳ない気持ちになった回数も数知れない。

悲しくなるし、もしかしたら素敵な出会いを逃したこともあったかも知れない。
疲れて嫌になってしまうこともあるが、搾取されないためには必要な自衛だ。

役者志望だけではなく声優志望や、アイドル志望のひとたち、アーティストなど、夢を追う人たちにはそれぞれ夢を食い物にする人たちが群がるだろう。
美味い話には気をつけなければいけない。

あいつらは夢に向かって伸ばされている他人の手から金をむしり取り、才能を枯らす害虫だから。

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