約2年前の成人式の時にかいた小説「時間」


あぁ、もう少し早くに美容院を予約しておけばよかった。折角こんなに綺麗な格好をしているのに、走らなければ式に間に合わない。

履き慣れない草履が指に食いこみ、さっきからジクジク痛む。一応、運動部だったんだけどなと思いながら千尋は走る。実はそんな事考えている暇はこれっぽっちもないのだ。

大人になる日にと思って選んだ深緑の落ち着いた振袖も、こんなに走っていては七五三の衣装と大差ないじゃない。そんな事を思っていると、

「あの、すみません。」

どこから聞こえるのだろうと、キョロキョロと周りを見渡すと車の運転席から顔を出してこちらを見ている目と目が合った。

え、まさか、私?ナンパ?こんなに急いでいるというのに、迷惑な人も居るものだと思いつつ、不信感と苛立ちを隠せずに返事をする。

「すみません、今急いでて…」

「急にすみません。すごく急いでるみたいだったから、あの、僕も今から会場に向かうところで…よかったらご一緒しませんか?」

焦っているのだろう、誘っているのに何故か懇願しているような口ぶりの彼には、深緑のネクタイをしていた。

「…なんで深緑のネクタイにしたの?」

「ネクタイ?あ、えっと…成人式には大人に見えるような色の方がいいかと思って。俺、童顔でなかなか20歳に見えないってよく言われるんです。だから、成人式は頑張ろうと思って。」

思わずふふっと口から笑い声が出た。それって、何だか貴方がつけていると高校生みたいですねと思ってた言葉がポロッと声に出てしまった。罰が悪そうな顔をしていると、彼の切れ長の目尻がくしゃっと笑った。

「それじゃあ、深緑同士ご一緒させて頂きます。」

「はい、喜んで。後ろの席にどうぞ。」

大人になるって何だろう、とずっと思っていた。成人式を越えると大人?それまでは子供?仕事をすれば大人?それなら私ははもう大人ってこと?

今は何となくわかる。この青年と成人式に向かっている。きっとこの速さだと、式典には間に合うだろう。

運転席の彼を見て、なんだかくすぐったいような、甘い予感がした。

車の中で息を整えながら千尋は考える。

…多分、大人になるって、きっと今まで有り得なかったことや、知り得なかったことにたくさん出会うってことなんだ。既に、私1人じゃ間に合わなかった時間に、この人が連れて行ってくれる。

車を降りると、色とりどりだった。赤、青、黄色、白… 凄い、金色の振袖を着ている人もいる。

「大人に見えるかもってこの色を選んだんですけど、少し地味かな。」華やかな色が多い会場で気後れしていると
「そんな事ないです。凄く綺麗です。」
と彼はムキになり、次には隠し事がバレた子供のように頬を赤く染めた。


タイピングに疲れてため息をついている私の顔を夫が覗き込む。
「何を書いているんだい?」
「深緑のネクタイをした青年のことを書いていたのよ。」
誰の事だろうねと笑った夫の顔にはあの頃と同じ、目尻の皺があった。

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🅿︎onju
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