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  鈴

  


 天気のいい定休日明けの水曜日の昼下がり。
 開け放った窓からは五月の心地いい風が吹き抜けている。

 きっと今日は楽しいお客さんが来そうだな、なんて思いながらカフェのカウンターを拭いていると、自衛隊に勤める沖縄出身の兼高くんがやってきた。

 兼高くんは、体格がよくって真っ黒に日焼けしている。見るからに気持ちがいい青年だ。

 カフェのカウンターに座ると元気のいい声で兼高くんはこう言った。

「いつもの元気が出るバナナシェークを山盛りでお願いします」

 私も元気が出ますようにの気持ちも込めて、ジューサーでバナナシェークを作った。

 兼高くんは、バナナシェークのグラスから伸びたストローを自衛隊の訓練かのようにガーっと吸って一気に半分飲み干した。

 そして、乳白色のバナナシェークを見ながら

「俺ね、沖縄で小学生の頃、白くてかわいいハムスター飼ってたんですよ。名前は鈴ちゃん」

 と、話し出した。



 俺が小学二年生の時だったかな、同級生が真っ白のハムスターを飼っていて、それを見たらどうしても自分も飼いたくなって、母ちゃんにねだってねだって買ってもらったんすよ。

 飼う時の条件で、「ハムスターの世話は自分でします」と母ちゃんに約束して、自分の勉強机の横にハムスターのカゴを置いた。

 なんかちっこい鈴みたいで可愛いなと思って名前は鈴ちゃん。

 俺は勉強はそっちのけで、学校から帰るとすぐに鈴ちゃんのカゴに向かって走っていってた。

 鈴ちゃんを掌に乗せてよしよしって撫でてみたり、ひまわりの種をカリカリ食べるのをじっと見ていたり、もう可愛くってたまらんかった。

 もちろんカゴの中の掃除をしたり餌をやったり、俺なりに一生懸命鈴ちゃんのお世話をした。

 母ちゃんは今まで家の手伝いも何もしなかった俺が、しっかり鈴ちゃんの面倒を見ているのに感心してくれていた。

 そんな母ちゃんの褒め言葉に乗って、俺もますます鈴ちゃんの面倒をよくみてた。

 今思うと、上手に母ちゃんに乗せられてた気もするんですけどね。

 うちの母ちゃん、やっぱり家族の扱いがうまいんすよ。


 ある朝俺は目が覚めると、いつものように、

「おはよう、鈴ちゃん」

 と、言いながら、鈴ちゃんのカゴの中を覗いた。

 そしたら、いないんすよ。

 カゴの中の、ちぎった新聞紙の中とかに隠れてるのかと思って、中のもの全部出してみたけどいない。

 俺は焦って自分の布団をもう一度、押し入れから出してめくったり、ランドセルの中や机の引き出しとかを見たりして大探しした。

 もう俺の部屋は、ハムスターのカゴの中みたいにぐちゃぐちゃですよ。

 階下で俺がバタバタしているのを感じた母ちゃんが二階の俺の部屋に入ってきて、

「おはよう兼高、どうした?」

 って聞くから、

「あきさみよー!鈴ちゃんがおらん!」

 って言うと、母ちゃんも、

「えぇ、どこかに紛れとらんね?」

 と、言いながら俺の部屋を一緒に探してくれた。

 もう、涙まみれっすよ俺。

 ワンワン泣きながら、

「鈴ちゃーん、鈴ちゃーん」

 って探すけど、どこにもおらん。

 そのうちもう学校に行かないかん時間が迫ってきて、母ちゃんが、

「兼高、母ちゃんが、あんたが学校行った後に、もういっぺん探しとくから、さぁ朝ごはん食べて学校に行く用意しなさい。きっとどこかにおるよ」

 って言うから、渋々頷いて、涙まみれの顔で一階にトボトボ降りて行った。

 階下に降りて、なかなか飲み込めない朝ごはんを必死で喉に押し込んだ。

 それでもまだ涙が溢れてくる。

 朝ごはんを食べるテーブルから横に目をやると、おばあがいつもの様に神棚の前に座っている。

 今日は庭からバナナを摘んできたり、パイナップルやら花やらを、これからお祭りが始まるかの様に飾り立てている。

 そしておばあは、何やらゴニョゴニョと言いながら神棚に向かって祈り始めた。

 俺はやっと朝ごはんを食べ終えて、学校に行く為、おばあの後ろを通って玄関に向かった。

 すると、おばあがくるりと俺のほうに振り向き、

「兼高、おはよう、でーじ泣いてどうした?おばあは今日、すげえもの見たぞ」

 と、誇らしげに言う。

 俺は泣いていた顔を手で拭いて、おばあの顔をのぞいた。

「よく聞けよ、おばあは今朝、神様の使いに会ったさ。それでありがたくって、こうやってお礼を神様に言ってるんだ」

 と言う。俺がきょとんとしていると、

「さ、ちょっとおめえもおばあの横に座って少し祈ってから学校行きなさい」

 おばあがそういうので、俺はおばあの横に座った。

 すると、おばあがとても大切な話をする感じで、俺の鼻先に自分の顔をキューっと寄せて、

「今朝な、おばあが起きてきて階段のところを見たら、ちょこんと真っ白のネズミがおったさ。もうそれはそれは雪のように白いネズミでな。

 おばあは今まで生きてきて、こんな美しいネズミは見たことなかったからさ、これはきっと神様のネズミだなとわかったさ。

 おばあは、しばらくありがとうございますって言いながら拝んでな、近づいたらちょんとおばあの掌に乗るではないか。

 これは人の家におるより自然に戻さんといかんと思ってな。

 そおっと庭に放してやったさ。

 兼高、我が家に神様が来たさ、きっといいことあるぞ」

 と、誇らしげに言う。

 俺は泣いていた顔がパリパリして、ポカンとした。

 そして、立ち上がって庭先を眺めながら大きな声で、叫んだ。

「おばあが、鈴ちゃんを庭に逃したー!」

 どうしていいかわからない俺は、その様子を台所の影から見ていた母ちゃんのところに走って行ってむんずと抱きついた。

 母ちゃんは俺の頭を撫でながら、

「兼高、鈴ちゃんは神様だったんだよ」

 そう言って、俺のことを慰めてくれた。

 抱きついた母ちゃんのお腹からは鈴が鳴っているのが聞こえた。

 母ちゃんのお腹が、笑いを堪えてプルプル揺れているのを、俺はしっかり感じたんすよね。

 


 

 

 

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