私が体験したSUNSET LIVE`96
’96年
梅が咲き、桜が散り、人々が虫のように動きだす。
私はどうにか昨年SUNSET LIVE を開催することができたのをいいことに、今年は誰を呼ぼうかなと思いを巡らし、思いつくままに大好きなRC サクセションやチャーの事務所に電話を入れた。
どこも目が飛び出るようなギャラを電話口で提示されて、「失礼しました~!おとといやってきます!」てな心境で、すごすごとしっぽを巻いた。怖いもの知らずの若さって怖い!
ある日、東京のスカフレイムスからSUNSET LIVEへ出演したいという連絡が入った。
連絡してきたのはスカフレイムスのギターのNさん。Nさんは福岡出身で、今は東京でサラリーマンをしながらバンド活動をしている。
Nさんからの話は、
「つい先日、親友が西新商店街に居酒屋をオープンしようとしていた。
オープンの前日に店主は心臓発作であっけなく亡くなってしまった。
残された奥さんと小さなお子さんを励ましたいのと、友人の弔いも兼ねて。ぜひ、次のSUNSET LIVEで演奏させてもらえないだろうか」
と、言うものだった。
Hさんは、
「新しいバンドが来てくれるのはいい事。しかし、メンバーの人数やギャラでイベントの収支は大きく変わってくる。そこも考えていかないとね」
と、言われた。
その日の夕方、時々やってきては店のDJブースで、夕暮れ時に合わせてレコードをかけにくるTっちがやってきた。私は彼がレコードをかけている横でスカフレイムスの話をした。すると、
「ここまで繋がったんやね。西新の居酒屋の店主と俺も仲良しやったんよ。
それで葬式の時にスカフレイムスのNさんと、どこかで弔いライブできたらいいですねって話になって、SUNSET LIVEの話になってね。俺がSUNSETの電話番号教えたんよ」
「そうだったんだ。どうしてここに連絡があったのかと思った」
「できるかな」
「したいよね、できる方向に頑張ってみる」
まずは、スカフレイムスのNさんにもう一度連絡を入れてみる。
先方は、移動費と宿泊費、それとこちらが出せる範囲でのギャラでいいとの事だった。
よかった、RCやチャーさんの時みたいに目玉がぶっ飛ぶような金額を提示されたら呼ぶにも呼べない。
そのことをHさんに伝えると、それくらいなら今まで来てもらっていたハードコアレゲエと変わらないだろうと言う事になった。
呼べる、新しいバンドを!
スカは、レゲエよりも先に好きなった音楽ジャンル。中学生の頃、車のCMで流れていたイギリスのスカバンド、マッドネスの曲で好きになった。
スカフレイムスは東京にいた頃に何度かクラブで演奏しているのを観に行ったことがある。ロックほどトンガってなく、レゲエほどゆっくりドスンとしていない。いい感じで力が抜けた感のあるスカが、この頃の私の感性に妙に響くものがあった。
スカフレイムスのメンバーは、それぞれ仕事をしながら音楽活動をしている。そんな部分もかっこいい。
こうなったら、今年は「スカ祭り」が、できるといいなぁ。どこかにそれに見合うバンドはいないだろうか。
仕事帰りに、ふらっと大名にある7インチのレゲエのレコードばかりを揃えているドンズレコードによった。レコードを探しているフリをしながら、店主のドンさんに、
「次のSUNSET LIVE に、スカフレイムスさんお呼びしようかと思ってるんですよ」
と話しかけると、
「お、いいね合うんやない。あそこのムードと」
「ですかね?」
私は、嬉しくなって話を続けた。
「それで、スカフレイムスに合うバンドを探してるんですけど、なんかいいバンドいないですかね?」
と聞いてみた。ドンさんは、
「あ、それやったら、そこの壁のチラシに貼ってあるディタミネーションズがいいと思うよ。大阪のバンド。そこのチラシの下の方にBレコードの電話番号があるやろ?そこの店主のKさんって人に電話してみてん。俺から聞いたって言って」
壁に貼ってある小さなチラシを見てみると、スーツを着たミュージシャンが演奏する姿が広角レンズで写っている。
「なんかカッコ良さそう。はい、連絡して見ます」
私はそう言って、そのチラシに書いてあったBレコードの連絡先をメモした。ドンズレコードショップを出ると、「決まった」という気がした。早く連絡したい。
次の日に、ドンさんから紹介してもらったバンドのことをHさんに話して、大阪のBレコードに電話を入れた。
ディタミネーションズは、交通費、宿泊費、ギャラ全てにおいて問題なしで出演が決まった。
新しいSUNSET LIVE の演出ができる。お客さんたちも、きっと喜んでくれるはず。夏が来るのが待ち遠しい。私の中のエンジンにギアが入った。
SUNSET LIVE でミュージシャンに泊まってもらうのは、糸島半島の南側、寺山海岸の奥にある保養所のようなSホテル。管理側の都合で門限が十時と早いのが難だが、大きなお風呂があって、宿泊費が格安。そしてそこ以外にこの半島で大人数が格安で泊まれるところは無い。
早々にスカフレイムスとディタミネーションズの人数分の予約を入れた。
交通チケットの手配は、SUNSETの常連さんで旅行会社に勤めているKちゃんにお任せしている。格安のチケットを早めに取っておいてもらう。
出演者が決まったら今年もチラシやポスター作りだ。また私は張り切って絵を描いた。
今度は藁半紙に丸い円を描きその中にいろんな人や物が踊るように散りばめられて楽しそうな絵。今回の絵もHさんに気に入ってもらえた。
’96年のSUNSET LIVEの内容が日に日に固まっていく中、SUNSETの店長から提案があった。
「自分のサーフィン仲間の先輩に広告代理店の人がいる。その人を通してイベントの協賛をしてもらったらどうだろう」
という事だった。
店長の先輩はSUNSETにやってきて広告の内容を説明してくれた。今回のチラシとポスターに海外のビールの広告を載せてイベントの時に目玉商品として販売する。チラシやポスターのデザイン料と印刷代をスポンサー持ちとする。
それはいい話だと、Hさんも乗り気で話は進んだ。
私はSUNSETのイメージを出すためにチラシやポスターにはざらざらの藁半紙を使いたかった。しかしそれではアメリカのビールの写真がしっかりと印刷できないという事でテカテカの紙に変わった。不本意だったけど、広告のためならしょうがないと引き下がった。
テカテカの紙にしっかりとビールの写真が載ったチラシやポスターができると、それをチケットと一緒に天神や西新の飲食店に配り歩く。
新聞社やラジオ、福岡の情報誌にもイベント情報の掲載をお願いした。
また今年も夏がやってきた。
イベントの前日、スカフレイムスのメンバーは福岡入りして、西新の友人の居酒屋へ。メンバーに同行して私も居酒屋へ行った。
お店はご主人亡き後、奥さんが切り盛りしている。居酒屋の奥さんは、
「明日のライブを楽しみにしています」
と言いながら、にこやかに働いていた。
4回目のSUNSET LIVEの日がやってきた。ステージは今年も去年と同じ東側。
音響会社のTさんとの設営は、自分がちゃんとした大人になって仕事をしているような気分になる。
リハーサルは、去年の失敗を思い出しながら、しっかりと時間の管理をした。どんなステージになるんだろう。盛り上がるといいな。
リハーサルをしていたところで、店長の先輩が海外のビールの会社のスポンサーを連れてやってきた。私は、
「この度はありがとうございます」
と、こんなもんでいいのか?と思いながら頭を下げた。すると、店長の先輩が、
「Hさんは?」
と聞くので、あそこにいます、と店の入り口の方を指すと、
「おーい、H君、こっちこっち」
と、大きく手招きした。HさんはHさんでイベント当日は何かと忙しい。Hさんは、大声で手招きされて呼ばれた方にやってきた。店長の先輩は、
「こちらスポンサーの誰々さん」
と、紹介しする。Hさんは頭をポリポリとかきながら、「あ、どうも」と言ったふう。
店長の先輩は、「お前、もっとペコペコしろ」と苛ついているのが私にも伝わった。
しばらくすると、ステージの横にHさんがやってきて、
「俺、もう絶対スポンサーとかつけたくない!」
と、言いにきた。この人、喧嘩に負けた小学生みたいでなんか可愛い。私は、「はい、顔を見てればわかりました」と、言うのもなんなので、
「来年からは、私たちで頑張りましょう」
と、答えた。私もあんなビールの写真載せるために、テカテカの紙でできたチラシ嫌だった。
せっかく自分たちで作り上げようとしているのに、広告代を出したということで、まるで自分がこのイベントの主催者のような顔をされたら、私たちの今までの苦労がチリのように感じる。
きっとHさんも同じ考えだろう。
今回のライブも滞りなく終わった。西新の居酒屋の奥さんは、ちいさな娘さんと一緒にステージの最前列で大盛り上がりしていた。スカフレイムスを呼ぶことが出来てよかった。
ゴミのことを場内アナウンスでしつこく言ったり、ゴミを収集袋に集めてきた人にはビールを一杯無料でさしあげます。と言ってビーチや会場をクリーンにすることを敢えてやかましく伝えた。
そのせいか、去年よりずいぶんゴミは散らかってなかった。
今回出演のスカのミュージシャン達は、洒落たボルサリーノタイプの帽子をかぶっていたり、暑いのにスーツで決め込んだり、レゲエミュージシャンとは違った形でおしゃれだ。
80年代に結成されて海外のミュージシャンと何度も共演している大御所のスカフフレイムスに出会えたことを殊の外喜んでいたディタミネーションズ。大阪では、かなり人気があるバンドのようでたくさんのファンや友人を関西方面から動員してくれた。
新たなミュージシャンをSUNSET のお客さんに紹介できたのも嬉しかった。
イベントが終わると、東京の外資系CDショップで働いている弟のMnにイベントの様子を伝えた。Mnは職場でワールドミュージックの担当。CDショップに入ってくる最新情報も交えて、これから活躍しそうなミュージシャンのことを教えてくれたりする。来年への仕込みだ。
ライブが終わると、音響会社のTさんのところにお礼と設営機材の支払いに行く。
今年のライブはずいぶんゴミが減ったとか、新たなミュージシャンもよかったねとか、反省も踏まえた話は実になることばかりだ。
Tさんの所への支払いが終わると、きっちり今年のSUNSET LIVEが終了した気持ちになる。
そしてまた、寂しい秋と冬がやってくる。
SUNSET で働き出してからずっと集めていたビーチグラス。海岸に流れた瓶が波と砂で削られて曇りガラスの石のようになった物。白に青に茶色にグリーンいろんな色がある。このビーチグラスをシリコン剤で接着しながら直径十センチのドーナツ型の輪の形に重ねていってキャンドルホルダーを作った。
これを百個作って、ライブの協力店にクリスマスから年末にかけて配ることにした。
「海にはこんなきれいな物もあるんですよ、また来年もお願いします」
という思いを込めて。Hさんも了解してくれた。
気持ちを込めて一件一件に回れば、海辺の小さな店が運営するSUNSET LIVEというイベントの楽しさが、もっといろんな人に通じるはずと心に念じ、客が少ないオフシーズンをそんなことで時間を潰した。