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2001年 夏の旅(妄想編)

 2001年
 2001年夏、私はマイクロバスの車窓から懐かしい海岸線を眺めていた。
 今日は第9回目になるあの野外ライブの開催日。
 あの夏の日から2年が経った。
 2年前にはもう立ち直れないかと思うほど心も体もグシャグシャになった。
 でも、あの経験があって良かったんだ。
 あの頃と変わらず太陽に負けないくらいキラキラした水面を車窓から見下ろしながらそう思う。

 1999年の夏の終わり頃、私はアパートを引き払った。
 今まで生きがいだと思っていた仕事を失い。大好きな人を喜ばせたい一心で働く姿が同僚から「気持ち悪い」と罵られ、数人に囲まれてボコボコにされた。
 もう何をどう動いていいのか頭は混乱しまくった。
 大好きな人は「まだまだがんばろうよ」と励ましてくれたけど、私には未来が見えなくなった。
 本当は今まで通りあそこで働きたかった。でも自分ではどうしようもない力が作用している気がして、私はここにはもう居ることはできなくなったんだ。と感じた。
 友人たちに、「自分探しの旅に出ます」と、言い訳して福岡を旅たった。
 もうどこでもいいからなるべく遠くまで行きたかった。
 まず東京へ行き、弟の家や友達の家を転々としながらバイトをしてお金を貯めた。
 フランスやトルコ、思いつくままに色々な国へ行ってみた。
 行っても行っても私の心の整理は一向につかなかった。整理がつかないどころか、このまま消えてしまいたいと思うくらい落ち込んだむ日もあった。

 2001年の初夏、神奈川県の葉山のビーチの海の家で写真家のNさんに会った。
 Nさんは東京スカパラダイスオーケストラの専属カメラマンもしてるんだとか。
 Nさんと意気投合して以前自分が福岡のビーチでやってるフェスで働いていたことを話した。
 福岡ではない場所だからだろうか、素直にその頃付き合っていた彼とのことも話した。Nさんは面倒くさがらずに私の話を聞いてくれた。
 そして今年の夏に東京スカパラダイスオーケストラが、あの野外ライブに出演が決まっていると教えてくれた。
「Mちゃん、一緒に行こうか?」
 と、Nさんは切り出してきた。
 私は、ここでまたあのライブへ行く話が出てくるとは思わなかった。
 私が返事を渋っていると、Nさんは、
「Mちゃんがそこに行ってお腹に溜まっているものを吐き出すんだよ、消化しに行くんだよ」
 と、添えて言ってくれた。
 そうなのかも。そろそろ消化しきってもいい頃だ。行ってみても悪くないかも。
 すこし悩んだけど、今ここで行っておかないと何かを超えられない気がした。
 行くことにした。
 それからはそのための旅費を捻出するために、またバイトに明け暮れた。

 ライブ当日、私はスカパラのメンバーやNさんと、福岡の空港からミュージシャンアテンド用のバスに乗り込んだ。
 バスは私が育った懐かしい街をフィルムの巻き戻しを見ているかのように進んでいく。
 会場が見えた。野外ライブ会場の周りにはテントがぐるりと張られ会場内が見えないようになっている。懐かしい。
 東京スカパラダイスオーケストラのメンバーは全員白のスーツを着ている。私はカメレオンのように白のサブリナパンツにインナーにビキニを着て麻の白い長袖シャツを着ている。長かった黒髪も切って今は金髪のベリーショートにした。布でできたチューリップ帽をまぶかに被り、大きなサングラスをしている。東京暮らしの太陽が苦手なカメラマンのアシスタントといった出で立ちにしてみた。これで以前のイベントスタッフには気づかれないないだろう。
 バスは関係者用の駐車場に停められ、私たちはバスから降りた。バスの同乗者の東京スカパラダイスオーケストラのメンバーはキラキラした海や砂浜に感激している。
 スカパラのステージが始まるまで、Nさんのアシスタントみたいな作業をして過ごした。
 そしてついに東京スカパラダイスオーケストラのステージが始まった。
 会場は最初から大盛り上がりで、時間と共に会場を仕切っていた海側のテントの枠がはち切れそうな勢いだ。以前の私ならすぐにTやKに「あの場所に警備の人をたくさん回して!」なんて大声で支持してたんだろうな、なんてことを思いながらクスッとなった。
 Nさんがステージの最前列で大きなレンズの付いたカメラのシャッターを切っている。私もその横まで行ってみた。
 Nさんはステージの小脇でシャッターを切りながら、
「着いてきて」
 と、言ってステージの端の方に登って行った。
 私はさもNさんのサポートをしているふうにしてささっとステージに上がった。
 小走りにステージの後方に回ろうとすると、パーカッションの男性が私の手にタンバリンをスッと渡し、
「そのまま」
 と、小さな声で言っって、にっと白い歯を見せながら笑ってコンガを叩いている。
 私はパーカッションの人の横でタンバリンを叩きながらメンバーになったような気分で会場中を見回した。
「すごい!」
 私の眼下には縦に横にと荒れ狂う荒波のように踊りまくる観客たちが遥か彼方まで見えた。胸の奥が熱くなった。これだ。私が愛してやまなかったものは、この興奮だった。
 94年の夏に、何もわからずこの場所に立ってオーディエンスを見ながら、この盛り上がりに胸を打たれたんだった。たくさんの観客を見下ろしながら私の中で何かが消化しているのを感じた。
 このイベントに携われてよかった、と心の底から思った。
 最後の曲が終わり、サッとバンドのメンバーがステージから去っていく。私はメンバーが降りていく反対側からこっそりステージの下へ降りた。
 出待ちのファンが会場の関係者用出口に待っていることを考慮して、東京スカパラダイスオーケストラのメンバーはすぐに乗ってきたバスに乗り込んた。私も彼らに混じってバスに乗った。Nさんはバスの一番奥でシャッターを切っている。
 メンバーたちは息をハーハーさせながら、満足そうにバスの乗り口で渡されたビールでそれぞれ乾杯している。
 会場から出ていくバスの周りには、案の定、数十人のファンが集っていた。
 バスが会場から離れていく。まだ賑わっている会場を車窓から眺めながら胸の奥の方からすごく暑いものがこみ上げてくる感情に酔っていた。
 運転席のすぐ後ろに座っている私のところへNさんがやってきた。
「いいライブやったね」
「そうですね、興奮しました」
 と、私は答え、続けて、
「Nさん、誘ってくれてありがとう。なんか飛んで行きました、いろんなものが。そしてありがたい気持ちだけが私の心に残った」
 そう言うと、
「よかった。ライブっていいさね」
 Nさんは、そう言いながらおいしそうにビールを飲んでいる。バスは天神に向かっている。
 最初は行くのが怖かった。
 まさかこんな形でこのライブを観れるとは思ってもいなかった。Hさんやみんなに挨拶したい気持ちもあったけど、今回はこれでいいんだと思った。
 次はちゃんと、お客で行ってみよう。
 私を育ててくれた福岡の西の海に、ただただ「ありがとう」と思いながら、バスの乗り口で手渡されたビールのプルトップを開けて、小さく「乾杯」と言いながらビールを飲んだ。
 おいしい。
 そろそろ自分の居場所を探そう。
 喉越しの良いビールをごくごく飲みながらそう思った。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

 
 

 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

 
 

 
 
 

 
 
 
 

 
 
 

 
 
 
 

 
 

 
 
 

 
 
 
 

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