見出し画像

願いことは必ず叶う

 

 猛暑の中、テレビからは現在開催されているパリオリンピックの様子が流れている。
 選手たちは、みんな身体つきが良く、それでいて機敏で同じ人間とは思えない。
 ふと、画面に映る一人の選手の顔を見ていて、
「この人、前に会った事あったっけ?」
 と思った。どうも見覚えがある。

 私は、テーブル席が2つと椅子が5個並ぶカウンターがある小さなカフェを郊外で営んでいる。
 あれは、まだこんなに猛暑になる前の夏だ。
 窓を開けていれば自然風が店内を流れて心地良かったのを憶えている。
 セミの声が甲高く聞こえる昼下がり。
 若いカップルがやってきてカフェのカウンターに座った。
 二人は注文したアイスコーヒーとレモネードで喉を潤している。
 私は、「今日はお休みですか?」とか、「お近くにお住まいですか?」
 といった当たり障りのない内容の話で場を少しずつ解していた。

 しばらくすると、彼氏の方が何のきっかけだったか、話し出した。
「俺、中学生の時に部活でバスケットしてたんですよ。人気の部だったから部員も多くて。
 それで俺、毎晩、本当に素直な気持ちで、あともう少し背が伸びて、足も早くなって、3年生になったらレギュラーに入れますようにって、
 お祈りするみたいに願ってから寝てたんですよ」
 私はふんふんと頷きながら、彼氏の話を聞いた。
 隣に座っている彼女は、「またこの話だ」と言った顔をしてにんまりしている。

「俺が中三になると、妹が一年生で入学してきて、俺と同じバスケ部に入部したんです。
 でも二人とも鳴かず飛ばず。
 ある日の深夜に目が覚めて、トイレに行きたくなって一階に降りて行こうとしたんです。
 みんな寝静まっているから、音がしない様にそろりそろりと階段を降りようとしたら窓から、すんごい光が放たれているんですよ。
 その明るさったら、いきなり昼が来たような明るさなんです。
 隣は家が一軒立つくらいの空き地。俺は、こんな深夜に工事?
 と思いながら階段にある窓を覗こうかと思ったんす。
 だけど、違う、これ覗いちゃダメだ。と何かの直感で思ったんです。
 で、窓からの光を感じながらも見ないようにしてトイレに行って、そのまま寝ました」
 私が、
「来たんだ。うつろ舟が」
 と言うと、
「なんですかそれ?」
「今でいうUFOが、そのむかし常陸国の浜に来たって話があってね。
 その時代の人たちが、その不思議な物体のことをうつろ舟って呼んだのよ」
「へぇ、そうなんだ。多分それです。俺、見てないけど。光は感じた」
「へぇー」
「船井家にうつろ舟来たるか・・・」
 と、彼氏の船井君は呟いていた。
 私は、そんなものがうちの庭にでも降りてきたら、腰は抜けるは、犬は吠えまくるわできっと大変だろうなと頭の中で想像していると、彼の話が続いた。


 翌朝目が覚めると、いつものように階段を降りてキッチンに向かう。
 すでに母ちゃんと妹は朝ごはんを食べかけていた。
 俺はテーブルに付くなり、母ちゃんと妹に向かって、
「昨日の夜、隣の空き地にさぁ」
 と言いかけると、母ちゃんは無言で俺の顔を強い眼力で見つめて、
「それ以上話すな」
 と言う顔をした。
 俺は、母ちゃんも見たんだ、と確信した。
 そして妹の方を見ると、妹は
「私には聞こえてません」
 と言ったふうで、黙々と朝ごはんを食べている。
 俺は、みんな見たんだ、と思った。
 だけどこの事を喋っちゃダメなんだ。と解釈して静かに朝ごはんを食べた。

 それからも俺は相変わらず、夜寝るときに
「背が伸びますように、足が早くなりますように」
 の願い事は忘れずに、中学最後の年のバスケを楽しんだ。

 夏の中体連の地区予選の練習の頃に、やっとのことでレギュラーに入れた俺。
 コートの隣で練習する女子のバスケチームに目をやると、まだ入部して間もない妹がガンガンシュート決めて走り回っている。
 ここ最近の妹は目に見えて背が伸びていき、ほとんど俺と変わらなくなった。身体能力も俺なんかよりずっと優れているみたいで、走るのも前より格段に早くなっている。
 そして一年生なのに中体連のレギュラーメンバーになった。

 中体連の地区予選大会を目前にしたある日の夜、いつものように、
「背が高くなりますように、足が早くなりますように」
 と、純粋な祈りのような願い事をしながらベッドに潜り込もうとして、はたと気がついた。
 あれ、妹が急に背が伸びて足が速くなったのって、あの隣の空き地に光る何かがやってきた日からじゃね?って。

「え?ちょっと待って。あなたの願い事が妹さんに行っちゃったってわけ?」
 私は、この話のポイントは、そこなのかと聞きただした。
「そうなんですよ。多分宇宙人、俺の願い事を聞いてくれたのはいいんですけど。隣の部屋で寝てた妹と間違えたんですよ」
「何それ~、宇宙人のニアミスー!」
 私は、そんなこともあるんだと頷いた。
「なんか、中洲のバーでこの話したら、お前頭おかしいんじゃないのって言われたんすよね」
 と、照れ臭そうに彼氏君が言う。私は、
「いやいや、宇宙人はいると私も思う。いない方が変かなって。しかし、願い事って純粋に祈ると聞き入れてもらえるんだね」
 と言うと、
「ですよね。こいつだってよくわかってる」
 そう言いながら船井君は、隣の彼女を指差した。彼女は納得顔で微笑んでいる。
「ひたむきに信じるって大事な事なんだね。時々、間違えられるかもだけど。純粋な気持ちでいつも願っていれば、それが宇宙人なのか神様なのか、今のところ私たちにはわからないけど。心で通じるんだね」
 私がそう言うと、二人とも満足げな顔で私を見つめている。
「いやぁ、真面目に話聞いてもらえて嬉しかったっす。また来ますね」
 そう言って、二人は店を出ていった。

 そうだ!思い出した。
 今このテレビ画面の向こうで、ゴールに向かって俊敏に走っている女子バスケットボール選手、あの日のうつろ舟の話をした彼氏君とそっくりなんだ。
 そう思いながら、テレビの中のその女子選手を、まじまじと見てみた。
 ユニフォームの背中には「FUNAI」の文字が見えた。
 
 
 
 


いいなと思ったら応援しよう!