若草家の姉と弟の話

▼登場人物紹介
若草悠(わかくさ-ゆう)
とある探偵事務所で助手として働いている男の子。成人はしている。
可愛いもの好きの可愛い男子。兄と姉が居り、きょうだい全員が美形というそんな一家。

そんな彼が、クリスマス前にお姉さんとお出かけするお話。


「ううー、寒い寒い」

 いつぞや、先生と不思議な映画を観たあたりから、ボクらの住む街にも雪が降るようになった。
 特別寒いのが苦手という訳では無いのだが、それでも首元にひやりとした空気が入ってくると震えてしまう。
 あの時の様に愛用しているモッズコートの襟を寄せ、マフラーで隙間を埋めると少しばかり落ち着きを取り戻した。

 ふと、意識を辺りへと向かわせる。
 ふるふると震えていた時はそれどころでは無かったが、落ち着いて聞いてみれば辺りから流れてくるのはこの時期特有のBGMに満ちている。
 日が落ちれば、街は相応にきらきらと輝きだすだろう。

「まあ……クリスマスが近いもんね」

 うんうんと頷き、そうして気付いた。
 時計の針が、思ったよりも進んでいる。

「あ、駄目だ。このままだと遅刻するっ」

 不用意に駆けだすと躓く気がしたので、極力急いで――といっても、普通の人よりは若干遅い歩みではあるけど――駅に向かうことにした。

 駅に着くと、改札前で見慣れた人物が立っている。
 壁際に居るが凭れることも無く、背筋を正して姿勢よく行儀よくしている姿は、一見すると精巧な人形のようで通行人が遠巻きに見ているのがわかった。
 コートに合わせているからか、クラシカルな装いなのに頭に着けた大きなリボンが耳のように見えて余計に人形感を出しているからだろう。
 いつものことなので特に気にせず傍に寄っていくと、ぱっと顔を上げて手を挙げた。

「遅いよー、悠」

 開口一番。人形のような彼女は、そうしてボクに告げると僅かに頬を膨らませる。
 別段怒っていると言う訳ではないらしいというのは直ぐわかったが、だからと言って謝らないと言う選択肢はない。
 今日は蒼に染まる瞳に本当に怒気が籠らない内に、早々に謝ることにした。

「……あー、えーと……。ご、ごめんなさい。姉さん」
「もー。構わないけど、あなたも社会人になったんだから、時間はきちんと守らないと駄目よ?」
「はい、気を付けます」

 姉さんは返答を聞くと一度頷いて「よろしい」と続け、にこりと笑った。
 それから、一度ボクをざっと見て少しだけ首を傾げる。
 肩までの髪がさらりと流れていった。

「ところで、今日は普通の格好なのね? 折角お茶に誘ったんだから、可愛くして来れば良かったのに」
「雪が降ってたみたいだったから、厚底履くと躓きそうで」
「あら。じゃあ、今年はプレゼントにローヒールの靴を買ってあげましょうね。……あ、丁度いいからお洋服も見に行きましょう? 良いでしょう?」
「良いけど……」

 ちら、と足元を見る。
 最近入手したのか、絵本をモチーフにした柄の入ったタイツの足先には底に厚みのあるブーツを履いている。
 これがあるから目線がほぼ一緒な訳だが、姉のこういうところには尊敬の念を抱くより他にない。

「姉さんの格好、今日も可愛いね」
「そうでしょう~? 後ろも見てみて? コートにも大きなリボンが着いていて可愛いの」

 くるりと回って見せてくれるので、腰の辺りのリボンも見ることが出来た。
 綺麗な形になるように計算されたものなのだろう。確かに可愛いが、それに揃える様に頭にも大きなリボンを着けているのだと合点が言ってうんうんと頷く。

「ああ、だから今日は頭にもリボン着けてるんだ?」
「そうなの。これは知り合いのハンドメイド作家さんのものなのよ。可愛いでしょ?」
「うん、とっても」
「色違いで買ってあるから、今度悠とお揃いで着けましょうね」
「わー、ほんとに? やったぁ」
「ええ、勿論。それじゃあ、これが似合う物にしましょうか」

 行きましょう。そんな号令と共に、クリスマスに染まり始める街を歩き始めた。

 一般的に女性の買い物は長いと言われる。
 付き合う世の男性たちには同情の眼差しが向けられることもあるだろう。
 今日の同行者が兄さんであればきっと間で何度か溜息をつく場面もあったかもしれないが、ボクは姉さんと同じようなテンションで買い物をしてしまうので今日も気が付けば数時間が経過していた。
 試着してははしゃぎ、仲のいい店員さんとみんなでわいわいと話して、漸く一着決めることが出来た。
 そうして長居したお店を後にして、本来の目的であったお茶に向かう。
 そろそろ夕方になりかけていたので、ピークタイムは過ぎた頃なのだろう。客足もまばらな店を選んで入ると、これまた童話のような世界感の愛らしいお店であったので驚いた。

「うわぁ……可愛いお店だね」
「でしょう? 先日教えて頂いたの。折角だから悠と来たいなーと思って」

 目許を柔らかく細めながら、姉さんはそう言って席に案内されていく。
 少し遅れて着いて行きながら店内を見回す。
 そこまで広さは無いけれど、壁は白く塗られて天井から下がるプリザーブドフラワーが幻想的に思えて内装が面白い。
 視線を下げてみると、どうやら雑貨も販売しているらしく奥に展示スペースが設けられているようだった。
 遠目にトルソーが置いてあるのは確認できる。

「悠。悠」

 呼ばれて姉さんの方に視線を戻せば、彼女は通されたソファ席に腰を下ろしてこちらを見ていた。

「こっちにいらっしゃい。取り敢えず注文してしまいましょう?」

 店員さんにその旨を伝えていた様で、にこりと愛想の良い笑みを浮かべて一度去っていく。
 入れ替わりに姉さんの向かいに腰を下ろして、改めて店内を見回した。
 拘った造りの変わった内装に目を奪われていたけど、暫くしてはっとした。
 姉さんと一緒に居て気を遣わない所為かも知れないが、素直にはしゃいでいるのを認識して少しだけ恥ずかしくなる。

「あ、ごめんね。注文しようって言っていたんだっけ」
「ううん、いいのよ。可愛いわよね。分かるわ」

 にこにこと楽しげな姉さんの声を聞きながら、一緒にメニューを覗いた。
 季節限定なのか、通常メニューなのかは判断が付かなかったが、童話をモチーフにしたものばかりでメニューまで全部可愛い。

「……姉さん、ボク決められる気がしないんだけど」
「同感ね。私もそうよ」

 真剣にメニューとにらめっこをしてなんとか注文を決めると、姉さんは仕切り直しと言わんばかりにまた笑って見せた。

「でも元気そうで良かったわ? 連絡はよくくれるけど、やっぱり顔が見たいものね。お母さんも元気にしてるかって心配していたわよ?」
「えっ、そうなんだ。そっかー、電話してるから大丈夫だと思ってたけど会いに行かないと駄目かなぁ」
「駄目という訳でも無いけど、見たら安心するんじゃないかしら? あ、お家に来るなら枯野先生も一緒にお連れしてみたらどう?」
「……なんで?」
「だって会いたいじゃない」

 即答だったことに笑ってしまった。
 笑っている最中に、注文した愛らしい食べ物たちが運ばれて並べられていく。
 見た目の重要度に極ぶりされたそれらは、『本当に食べてもいいのかな? 勿体無いな?』と思ってしまうもので、申し訳程度に写真に収め、それから「いただきます」と手を合わせた。
 姉さんもほとんど同じタイミングで同じことをしていたので、少しだけ話は中断される。

 人魚姫がモチーフになっているんであろうマカロンとケーキのお皿から、一先ずマカロンを摘みあげて一口頬張る。
 見た目に負けず劣らず大変美味で、先程の感想を自分の中で訂正していた時に、姉さんからまた一言投げかけられた。

「電話する度に先生のお話をしているのだから、どんな方なのか気になるわ? お正月も近いんだし、お休みが頂けるなら一緒に来てはどう?」
「お正月かー。お休みは貰えると思うけど、迷惑じゃないかな?」
「あら、我が家は全然……」
「先生が、だよ。うちの家族がウエルカムなのは姉さん見てたらなんとなく分かったし」
「お嫌かしら?」
「どうだろう?」

 でも、一緒にお正月迎えられると楽しそうだなとは思った。
 一度聞いてみようかな。
 ボクの家の人のことだから多分、いきなり三が日泊まっていけばとか言い出しそうだけど。
 そこまで言ったら多分びっくりしちゃうだろうから、お正月にご飯食べるくらいならどうかな。

「……うん、でも楽しそうだね。一回聞いてみる」
「そう? ええ、そうね。そうしてみてくれる?」

 楽しそうだなという想像で、自然と顔が緩むのがわかった。
 姉さんはそんなボクの対面で、やっぱりにこりと優しく笑っていてくれる。
 時刻はそろそろ夕方になろうとしている。
 お店を後にする時に、レジで売っていたアイシングクッキーが目に留まったのでお土産に買う事にした。
 駅まで姉さんを送って、それじゃあ、と手を振り別れて暫く。

 探偵事務所までの帰り道を歩きながら、どう切りだそうかと考える。
 肩から下げた洋服の入った紙袋と、一緒に入れたお土産のアイシングクッキーの包み。

「楽しかったなあ。先生に話したら聞いてくれるかな。話したい事が沢山ある」

 気付けば足取り軽く、だけれど帰路を急いでいる。
 話の切り出し方を考えていた頭の中は、いつしか、どれから話そうかに変わっていた。
 今日のお店はアフタヌーンティーはしていなかったけど、可愛いお店だったし今度は先生とも行ってみたい。
 買って来た洋服の話とか、姉さんとした話とか、街の様子とか……そうだ、クリスマスには何を贈ろうかとか。
 決めきれないまま、楽しそうなことがどんどん溢れてくるので収拾がつかない。
 そんな調子のまま到着したので、一先ず扉に手を掛けそして。

「戻りました! ただいま、先生!」

そう、元気よく帰宅を知らせることにした。


・若草姉の設定を詰めようかと思いつつ、クリスマス前の若草くんの日常の一幕でした。
クリスマス当日に姉と押し掛けるパターンでも可愛いかなと思ったのですが、今回はこんなところで。
2021-12-12


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