拝啓、この世界にいない君へ

▼登場人物紹介
桐谷光(きりや-ひかる)
クトゥルフ神話TRPGで使っているキャラクター。
警察官として働いているお兄さんです。
顔面偏差値高めの料理上手な人。
桐谷さんには不思議な友だちも居る、というのだけ前情報として置いておきます。
クトゥルフ神話のPCさんだからね。不思議な友だちの一人や二人。

Twitterで募集していたいつぞやのあれです。
文字を書くリハビリをしているんですけど、それで書かせて頂きました。

お題はこちらから「なんでもできそうな気がした」
https://odaibako.net/gacha/9359?share=tw&id=b8163e63d39f45a7846d22cf34735ec3

『拝啓、この世界にいない君へ』
書き出しは「背負ったリュックが重く感じる。」、書き終わりに「あなたの行く先が幸多き道でありますように。」を使用したかわいいお話を書いてください。

使用単語 ❯❯ 重ねる、栞、結婚

・以下、本編。


『拝啓、この世界にいない君へ』

背負ったリュックが重く感じる。
休みの日に山に登ろうなんて思うから悪いと言えばそれまでだが、来たくなったのだから仕方がない。
警察官などという職業柄か、どこかピリピリとして過ごして居ることが多い。だから、時折こうして羽を伸ばしたくなるのだろう。
独りで納得をしつつハイキングコースをのんびりと歩き、今の季節の心地よさを感じて息を吐く。
木々の隙間から零れる光が、なんとも幻想的だと感じた。

「よく晴れているし、雨も降らなさそうだ。この分だと、今日は大丈夫かな?」

もう少し行けば拓けた場所に出るはず。そこで昼食にしようか、なんて考えながら、道中で携帯電話のカメラを向けてシャッターを切る。
なんてことない風景ではあるが、これでなかなか写真というのも侮れない。
瞬間の思い出も閉じ込めてくれるから、きっと後日の僕は、写真を見て気分を良くすることだろう。
自分の機嫌を取るためのものは、多くあるに越したことは無い。
うんうんと頷きつつ、携帯電話を仕舞い込んでまたのんびりと歩いて行くことにした。

「思い付きだったけど、来て良かったなー」

そもそも、だ。
どうして山に登ろうかと思ったかというと、読みかけの本に挟んでいた栞が落ちて来たから。
それだけでは動機として弱いかな?
何冊か積んである読みかけの本があるんだけど、その内の一冊が山の神様の話だったんだ。
いつもきちんと挟み込んでいるのに、それだけひらりと落ちて来たから気になって。
それで、たまには外に出かけてみる方がいいんかなと思ってやってきたという訳でさ。
こういう勢いに任せた行動も、してみれば存外面白い。気分転換には最高だ。

そうして自然を満喫しながら一歩一歩足を進め、やがて辿り着いたひらけた場所は、遠くが見通せて思わず感嘆のため息が出た。

「ここで昼食にしようかな」

決めるが早いか、適当な場所に腰を下ろして作って来た食事を摂ることにする。
簡単なものではあるけど、食べる場所が違えば気分も違う。
思い立ってこういう行動がすぐできるのは、結婚をする気配を自分に感じないからと言うのは大きいだろう。
警察官たるもの、いつなんどき、危険に巻き込まれ命を落とすか分からない。
少なくとも、僕の同僚はそういう人が多いから普通だと思っている節もあるけど、年齢で言うと本当は少しくらい意識をした方が良いのかなとぼんやり思う。

「……谷部くんですら、パートナーが出来たみたいだしなぁ……」

警察が高時代の友人。今も交流はあるが、探偵に転職した彼でさえ……というのは失礼な言い分だが、いつの間に、と思ったところはある。
こちらから追究する気は毛頭ないので、幸せであるのだとしたら良かったなぁと感じるくらいではあるが。

「結婚かぁ」

思わず口にしても、まったく馴染む気配がない。そういう物に縁があるとしたら、警察を辞める時だろうな……なんて思っているから、当分先のことになるんだろう。
空にした弁当箱を重ねてリュックの中に仕舞い込み、代わりに通信機をひとつ取り出した。

「普段は仕事が終わった頃合いだから、いつもと時間が違うけど。もしかしたら聞いてくれるかも知れないよね」

悪戯でも仕掛ける気分だなぁとわくわくしながら、スイッチを入れる。
ざざ、っと一瞬ノイズが入る。

「あー、もしもし? 聞こえていますか?」

いつもと同じ語り口で、少しの間だけ話を始める。

「今日はね、思い立って山に登ったんだ。僕の家の近所……というほど近くはないけど、そう遠くもない場所にあるところで。新緑の季節で晴れているから気候も良くて、此処に来て良かったよ」

応答がある訳ではない。
それどころか、繋がっているのかすらわからない。
それでも、時々こうして語り掛けてみる。今日もそういう一日。

「きみがあの時連れて行ってくれた秘密の場所も、街が見渡せて綺麗だったよね。相変わらず行っているのかい?」

この通信機はこの世界に居ない友人と僕を繋ぐものだから、届けばいいなぁと願いを込めて。

「こちらにはきみの声は聞こえないけど、元気で居てくれたらいいなと思っているよ。世界はきっと違うけど、案外この空は繋がってるかも知れない」

通信機に語り掛けながら、ふと、頭上を見上げた。
青い空は高く、果ては見ることが出来なくて、何処までも続いて行くようだ。

「きみが居る場所も、晴れていたらいいね」

翼を広げて、鳥が一羽彼方へと飛んでいく。
人付き合いが苦手なきみが、少しくらい笑っていてくれるように。
きみの行く先が幸多き道でありますように、と願っているよ。

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