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「この世に偶然はない」


と、力説されたのは、私が21歳のとき。
さる年上の女性からだった。なんの話の流れかは忘れた。
聞いたときは「へえ。本当かな」と思う程度だったのだけれども、折に触れ、じわじわとその言葉を思い返すようになった。
「じゃあ、あのときの私の失敗は必然だったのかな」
「あの人とどうしても何回もすれ違ってしまうのは、偶然じゃなかったのかな」
「父親が死んだのは必然かな。会社が潰れたのも?」
失敗はすべて必然にしてしまえば気が楽だし、学びのチャンスだと言い換えることができる。あの失敗があるからこそ次に繋がったのだ、と。
そして成功はすべて偶然じゃないことにすれば、努力したことに自信がつく。
まぁ、そう思えば「生きやすい」のかな、とぼんやり考えていた。

折しも私は、形になるようでならない自分の将来や夢を必死に追いかけている最中で、「偶然はない」という話は捨て置けるテーマではなかった。
この世は「偶然の産物」であれば、チャンスも成功も失敗も、すべて宝くじのようなものである。どんなに努力しても、挑戦はロシアンルーレットの引き金を引くようなもので、運が良くないと報われる気がしない。
「偶然ではない」とすると、すべては無駄ではなく、ある何かゴールが定められている気がする。すべてはそのゴールへ向かうための「必然」である。そう言ってくれると力強い。今はまだわからない何か大きな必然的なストーリーに自分が組み込まれているとしたら、もっと頑張れる気がするのだ。
もちろん、そのゴールに向かって全力で努力するというのが前提条件なのだけれどね。


そしてそんな思いを反芻しながら、あるとき私はスペインからアフリカ大陸行きの船に乗ったのだ。
当時、私は旅の途中でタイミングさえ合えば、「ブックス・チェンジ」をすることがあった。お互い読み終わった本を、日本人旅行者同士で取り替えるのだ。そのとき確かフランスで、私の本とチェンジしたのは『アルケミスト』という単行本だった(あとで知ったが、この本を持って旅をする人は多いそうだ)。

本当にたまたま、アフリカ大陸に着いてからその本を開いたのだが、びっくりした。私は当時モロッコにいたのだが、まさに今いる、このモロッコの港町タンジェがこの『アルケミスト』の出発点とも言えるべき場所だったからだ。主人公は私と同様にスペインからモロッコに渡り、砂漠を通ってエジプトへ向かうのだ。今回私はエジプトは目指していないけれども、砂漠まではほぼ同ルート。一気に親近感が湧いた。
しかも夢を追って旅をするその少年の姿は身に迫るもであり、「何かを強く望めば宇宙のすべてが協力して実現するように助けてくれる」ということを、様々な人々との出会いによって実感していく内容であった。
そして、その内容はひしひしと「この世の中は偶然でできているわけではない」と私に訴えていたのだ。


そんななか私はタンジェから砂漠に向かってさらに南下するのだが、その列車の車内で、私が読んでいた本に興味を持つ人がいた。同じコンパートメント(列車の、部屋のように区切った客室)に座っていたイタリア人のロベルトというおじさんだった(三国同盟、つまりローマ、ベルリン、トーキョーの頭文字から取った名前なんだって。冗談だったのかな)。彼は水中カメラマンで、現在は旅の途中。
縦書きの書物はヨーロッパ人にとっては見慣れないし、左から右へ逆に本をめくるのも面白かったようだ。「この文字(漢字)は中国語でしょ? でも、この文字は何?」と、ひらがなを指差した。人懐っこくて、好奇心旺盛な性格のようだ。
なので私は漢字、ひらがな、カタカナについて説明をした。そして日本語固有のひらがなとカタカナは、一文字一音であることを教える。例として「ア・ル・ケ・ミ・ス・ト」と、表紙のタイトルのカタカナを読んでみたのだ。
すると「アルケミスト? パウロ・コエーリョ?」と声をあげてロベルトは聞き返してきた。「う? うん。ああ、そう。パウロ・コエーリョ」と私も、初めて著者名を確認して、頷いた。
するとロベルトはごそごそと彼のカバンから『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』という同じ著者の本を出してきたではないか!
「ワオ! いいよねぇ、この人の本は」とロベルト。趣味が合うじゃな〜い、と言わんばかりに彼と私の距離は一気に縮まり、数時間の道のりを楽しく過ごすことができたのであった。

それにしても。確かにヨーロッパでもベストセラーになった本ですから、こんなことは偶然といえば、偶然。しかし必然といえば必然なのである。
書けば長くなるので、また別のところで語りたいのだが、この旅は「偶然? いや、必然だ」と、思うような奇跡の連続が何度もあったのだった。

さて。話はそこから飛んで、数年前。私は、あるサイキックなおじいさんと会った。アメリカ人の彼は、私の顔を覗き込むなり「君は英語でも話せるね」と言い出し(まだ一言も発してないんですけどね!)「なぜ? 英語を話せる?」と聞かれたので、「えっと。世界中を旅したくて一生懸命に勉強した時期がありました」と私は答えた。
すると彼はじっと私を見て、
「そう。君は旅で実に多くを学んだようだね。アフリカで『この世に偶然はない』ということを学んだ。そしてネパールでは『この世には美しいものも汚いものも混在している』ということを学んだ」と言い出したので、びっくりした。
その通りなんですよ! 私はそれを学んだんです!

そう。もう人生半分以上進んでるんで、断言できる。
「偶然じゃないね、この世は」
と声を大にして言いたいのであった。


↑ 注) 罪が軽いのは、彼が子どもだからです。……ううむ。

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今泉真子 mako imaizumi
ここまで読んでくれただけで、うれしいです! ありがとうございました❤️