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青のフラッグ ~感想と激情~

0.
完結してから一年以上立っている作品だが、今更読了させてもらったため、吐き出さずにいられないものをここにぶちまけさせていただく。
なにしろ、読み終えた日は一睡もできなかったし(目を閉じても眠れないのだ)次の日は一日中体調がずっと悪かった。貫徹したせいだろうって? ごもっとも。
何れにせよ、これだけの衝撃をとても自分一人では受け止めきれない。
誰も見てくれなくても構わないから、このNoteの片隅に文を記させてほしい。
さて感想に入りたいと思うが、先に言っておくと、「否」の意見が多くなる。
ネタバレも遠慮しないつもりなので、未読の方や絶賛が見たい人はここで引き返すことをオススメする。

1.
否が多くなると言ったが、読了中はそりゃあ夢中になって読んだ。
何ならラスト1/3くらい(マミの話の次辺りから)は、ほぼノンストップで読み続けた。
表情、構図、言葉、展開… すべて高品質だった。大傑作に出会ったと思ったものだ。
しかしそれは、全てひっくり返されてしまった。

海辺で太一は言った。お前は大切な親友だと。幸せな未来に一緒に居てほしいと。しかし最終回では、トーマはそれを超えた姿で彼の隣りにいることになった。

トーマエンドそのものが駄目というのではない。
ただ、青のフラッグが選択の物語だというのなら、登場人物の選択にはそれなりの説得力が必要だろう。ましてや、作品の結末を決める最重要の選択だ。海辺で太一はそれを選択したのではなかったか。

海辺までの太一の言動・行動からは、トーマとの生活にたどり着くようには見えなかった。その後の成長と変遷は全く不明だ。行間を読め、想像力を働かせろ、という物言いはわかるが、太一に関しては、完全な空白を埋めるしか無い。それは想像ではなく空想だ。
(たとえば真澄あたりは、描写から考察の余地がある。二葉はなんか本質的にはあまり変わってなさそう)

また、太一が自分の性的指向を高校生の時にはわかっていなかったから、という説は明確に否定できる。
太一は「なんとなく嫌っていた」はずの二葉に自然に惹かれていったのだし、ベンチでトーマにドンされた時には、拒否や嫌悪の意志が見える。
当時の太一は異性愛者だったと言い切って差し支えないだろう。

作者の考えもわからないわけではない。性愛は自由なもので、誰がどんな選択をしたっていい。同性愛も、性同一性障害も普通のことなのだ、と。だから、最終回での太一の選択も普通にあってしかるべきなのだ、と。そこまではいい。
だが太一が二葉との別れを受け入れ、トーマとの未来を選択したことに、読者が納得出来るかは別の問題だ。

太一と二葉は、作中で誰かが言った「どうせ大学に入ったら別れるんだから」そのままになった。なるほど、それはリアルなのかもしれない。しかし、これは物語だ。
太一と二葉とトーマの1年間は、一つの物語として成立するほど特別なものだった。その上で愛し合った二人が、苦しみぬいて出した結論が、まるで何でもなかったかのように壊されてしまった。
強度を持った物語によって成立した関係を崩すのならば、そこには同レベルの物語が必要なのではないだろうか。

現実なら、特に必然もなく出会って別れて選んで選ばれて、それでいい。
しかし、物語には、否応なしに登場人物の行動に責任が伴う。
なにしろ、自分以外を操れない現実と違って、作者は登場人物を意のままに動かせるのだ。
最終回、3人はこれまでの物語からは想像し得ない地点に居た。
エピローグで年代ジャンプして、「えっ、お前今そんな事になってんの?」というキャラがいる作品は珍しくないが、メインの3人が全員そうなる作品はまずないと思う。
53話の間、明確な思いを持って紡がれた3人の物語は、現実に屈し、最後に物語であることをやめた。
私はこの作品を、そう評価している。

※究極!変態仮面は(打ち切りなこともあって)年代ジャンプ・メインヒロイン敗北ENDだったが、最終回前時点で狂介と愛子はいい雰囲気止まりだったし、そもそもあれはギャグ漫画だし…
 いちご100%も展開は似ているが、真中は高校生の時に出した結論を貫き通した。
 それはリアルじゃないって言われるのかな。高校生の頃の恋心を抱き続けられるはずがないって。でもそれなら、トーマがずっと太一を想っているのが許容されるのはダブスタじゃね?
※ここまで書いて気がついたこととして、作者は徹底的に「特別」であることを否定しているんだ。でも、物語として存在する時点で、それは「普通」じゃないんだよ。残念ながら。
※真澄を入れて4人にしていないのはハブったからでなく、最後まで彼女は恋愛感情の輪に入ることを拒んだからである。モノローグでも「オレ達3人は同じクラスになってしまった」って言ってるし。
※「誰かの思い描いた幸せ」ってこれ、読者のことだよね。やはり作者は、最後の最後で読者のことではなく自分の言いたいことを優先したのだと思う。「互いの幸せのために」と違い、別れるカップルの思考としては違和感がありすぎる。


2.
ここから先は完全に主観(且つ、かなり下劣な)文章です。まともな人は見ないのが吉。衝動を吐き出すために書いているのでご容赦を。マジで気持ち悪いです。






警告はしたよ?






ふざけんな俺は二葉と太一が末永く幸せに暮らすのが見たかったんだ。
あんなどこの誰とも知らないやつに、二葉が毎日種付けセックスされてると考えると、気が狂いそうになる。そうなることが明示されているエロ作品以外の、NTRってマジ精神に来るんだよ…。

もう、前半部分は読めない。(特に交際前)
考察のためにもう一度最初から読んでみようと思ったんだけど、太一と二人でニコニコしている二葉を直視できなくてすぐ読むのをやめてしまった。
今はこんなに無邪気で楽しそうなのに、最後にはあいつの腕の中で喘いでいるんだ…。

ラスト周辺は、知った上で見れば、破局前提で描かれているのでギリギリ行けた。
例えば県外に就職したトーマに二人で会いに行く時、すごくいいシーンでトーマに邪魔されてるんだよな。さすがにトーマが意図的にやったわけじゃないから、「タイミングが悪い」
それに限らず、二人っきりでいる時、それもなにか話そうとしているところに妨害が入るシーンが非常に多い。描写された二人のデートらしいデートは、文化祭でのライブ鑑賞くらいだが、なんとそれすら中断されている…。え、ひどくない?
進学以降もそんなことが多かったとすれば、そりゃあすれ違うよ…。作者の悪意すら感じる。そもそも、後半は二人っきりの場合笑顔のシーンが凄く少ない。テレテレしているシーンは多いけど、朗らかに笑い合ってない。
なんならトーマと二葉のほうが笑い合ってるんじゃないだろうか。
ストーリー的にはトーマの告白や進路のことが影を落としているせいだが、折角付き合うことになった二人に、恋人としての楽しみを作者はほとんど与えなかったんだ。
(デートもそうだが、作中ではキスどころかハグもしてない。なんならトーマと二葉のほうが身体接触はry)


・・・・・・【閑話】・・・・・・


あの二人、初体験はうまくいかなかったのが容易に想像できる。(大学入学後、遠恋状態と仮定)
焦りから勃たない太一、自身もテンパってフォローできない二葉。結局最後まで致せず、貴重な遠距離デートは気まずいまま終わる。
二葉は自分の体に魅力がないせいだと自責。太一はそんなことないと否定し、二葉はすごく魅力的だ!くらい言うだろうが、勃たなかったのは自分のメンタルのせいだと表情を翳らせる(そこでトーマのことが頭をよぎらなかったと言えば嘘になるだろう)
二葉もそういう心情は完璧に察してしまい、二人の間でセックスの話はタブーになってしまった。しばらく後、半ば無理矢理に(レイプ的な意味ではなくね)遂げるも、快感や幸せを得られるわけもなく…。

あ、でも2年しか無いから、二葉、別れるまで処女の可能性すらあるなこれだと。


・・・・・【閑話休題】・・・・・


話をラスト2話に戻そう。
頭ではわかっている。結婚式はあの海辺からたっぷり10年は後の話で、彼ら彼女ら(と作者)の中では高校3年生のあの時は思い出でしかない。

でも、俺が見ることができたのは、その1年間だけなんだ。俺の中では、青のフラッグという作品はあの1年間の物語なんだ。
例えば二葉の結婚相手がシンゴとかヨーキーだったなら、まだしも納得がいったのかな。他の場所での二葉を知らないから。そして、あの寝取り野郎の事は全くわからないから。描かれていないものは知りようがない。俺の中の二葉はずっと高3でちんまくてかわいいままだ。

いきなり別れたとたった1行で宣告され(その瞬間読む手が止まり、ものすごい倦怠感が襲ってきて、譫言のように「嘘だろ」と呟きながらベッドに突っ伏した。)
結婚式の招待状を突きつけられ(結婚するのか… 太一以外の男と…)
半分死んだような状態で最終回を読んだ。俺がもし結婚式場に居たなら、まるでゾンビのようだったろう。もちろん結婚式に行ったのがトーマなんていう仕掛けにも気づくことはなく(初回は最後まで、太一が出席したと思っていた)
へー真澄結婚したんだ、とか、太一髪がさっぱりしたな、位の情報しか読み取れなかった。

それでも一つ、はっきりと覚えている。太一の笑顔だ。
何故か、駅で会った相手がトーマということだけは認識できていて、太一が手を差し出したシーンのあの笑顔。

ただ、ただただただただただただただただ、ただただただただただただただただただただただただただただただただ。


気持ち悪かった。


誰だこいつ。俺の知っている太一じゃない。
俺の太一は公衆の面前で男と手をつなぐためにそんな顔をしない。
凄まじい吐き気がする。嫌悪感が抑えられない。次の日フラッシュバックして呼吸困難にさえ陥った。

一応弁解はさせてもらうと、ゲイ表現そのものに忌避感を持ったことはこれまでにはない。
ホモ(あえてこう書く)の人の赤裸々な手記は興味深く読んだし、アニメ化されたBL作品も、こういうのもあるんだな、と見れた。
ゲイポルノを鑑賞したこともあり、興奮はしなかったが吐き気を催したりもしなかった。ヤマジュン全集も持ってる(電子で)。
知り合いにCO同性愛者は居ないため、実際にどんな感情を抱くかはわからないが、その人の考えは尊重出来る自分で居たいと思う。
なにより作中、トーマに対して嫌悪感を抱いたことなんて一度もなかった。

だが、これは、だめだった。

自分の体の反応に驚き、最初は二葉ショックの影響かと思っていた。
だが、少し落ち着いて考えるとそれは変だ。
海辺で描いた未来図とは違い、二葉と添い遂げられなかったとはいえ、ラストの太一は幸せなはず。ならば、その笑顔にここまで拒否反応が出るのはおかしい。結婚式のほうが衝撃が大きいはずだ。

どういうことか。しばらく考えて思い当たった。

夢中になって読んでいる間、俺は太一だったんだ。二葉はめちゃくちゃ好みのヒロインだったし、自分に自身がなくナードな、相手の悪いところをきちんと指摘できない太一。でも、好きな人にちゃんと好きと言える太一。
ものすごく共感していた。自己投影の対象として完璧だったのだ。

いや、完璧すぎた。
俺は多分、まさに作中の太一のごとく、二葉にガチ恋していたんだと思う。
だから海辺で太一がきちんと結論を出し、二葉を選び、それでもトーマは親友だ! と叫んだことに快哉を送ったのだ。
次で最終回ということもあり、「もう問題はすべて片付いた。これで二人のハッピーエンドや!」と確信していた。頭に祝福の鐘すら鳴り響いていたと思う。

2ページ後、世界は崩壊した。
崩壊から自分だけ取り残されたまま(何しろ連載で追っていたわけではないので、冷却期間がなかったのだ)二葉の結婚式に出席し、成長した二葉が二葉だという確信もいまいち持てず、俺はその笑顔にたどりついた。


違う、違う。これは太一じゃない。       これは   俺じゃない     俺はそんな顔をしない


なんのことはない。俺だと思っていた太一は、俺から遠く離れた存在になっていた。俺にとって最高に好みな女性と別れ、男性と事実婚。なのに幸せそうな笑顔。その乖離に耐えきれず、俺は酷い不調に襲われた。それが真相だ。

余談になるが、海辺でトーマを選んでいたなら、それはそれで仕方ないとおそらく割り切れた。(もちろん、もう少しトーマを性的に意識する描写はほしいが。具体的にはベンチドンや告白のシーンで赤らんだり焦ったり)
なんでそうなるんだよこのクソマンガ! とは思うかもしれないが、ストーリー上の要請として、ここでどちらかを選ぶのが明白だったため、ああ、お前はそういう考えだったんだな、で済んだ。
俺は推しヒロインが敗者になる展開には慣れっこなのだ。
この場合、最終回が全く同じ内容でも普通に受け入れたろう。俺とは違う決断を下した人間の迎えたエピローグとして。
そうではなかったからこそ、俺と同じ結論を出した太一を、完全に自分として取り込んでしまったし、その決断が幸せな未来に(直接は)繋がらなかったことに、あれだけのショックを受けてしまったのだ。


そろそろ言いたいことの種も尽きた。最高の漫画でした。創作物でこんなに心を抉られたのは本当に久しぶりです。クソが。
Skebで高校生二葉の寝取られ絵を依頼しに行ってきます。もう思い出全て汚し尽くすようなやつを。

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