牛丼
牛丼は吉野家派だ。
入店したらさっさと席を決める。
テーブル席なんか目もくれず、空いているカウンターへ座る。
お冷を出してくれる店員さんに、着席と同時に注文する。
牛丼、並、以上。
必要以上の言葉はいらない。
キムチも、チーズも、ネギも卵もいらない。
最初はそのまま、少し食べたら七味唐辛子をふりかけ、1/3ほどになったら紅生姜を追加する。
それで十分だ。
最後の一口は、必ず肉で〆る。
1枚の肉で、残ったご飯を集めて、一緒に食べる。
丼に米粒は残さない。一粒もだ。
お冷を一気に飲み干し、席を立つ。
吉野家で長居は無用だ。
サッと食ってサッと出る。
そういう店だ。
店内で歓談するような店じゃない。
Tポイントも楽天ポイントもいらない。
電子マネーでサッと払って帰る。
そういう店だ。
20年以上前、初めて食べた吉野家は、当時学生だった自分を虜にした。
牛丼並で280円。
一人暮らしで常に金欠、食事を作るのも面倒だけどたくさん安く食べたい、そんなニーズにぴったりだった。
週8くらいで通った向ヶ丘遊園の半地下になっているような吉野家。
特盛を食べるなら、並を2杯食べたほうがいい。
そんな食べ方をしていた。
金のなかった学生時代、牛皿つゆだくを買って、家で炊いたご飯にかける。
大量の白米に、ほんの少しの牛肉と、タレ。
それでも、あの味が大好きだった。
2004年
狂牛病問題が起きた。
アメリカ産牛肉が輸入できなくなった。
他の店舗がアメリカ産からオーストラリア産牛肉に切り替えて販売を継続するなどした中、あの味はアメリカ産牛肉でなければ出せないと吉野家は販売を停止した。
吉野家から、牛丼が消えた。
その後、最後まで販売していた松屋の牛めしや、いち早く販売を再開したなか卯の牛丼を食べることもあった。
だが、俺は満たされなかった。
牛丼は、吉野家だ。
それ以外は、俺を満たさない。
いつでも、どこでも同じ味が味わえた。
24時間、腹が減ればオレンジ色の看板に吸い込まれればよかった。
今は、あの味が、もう味わえない。
最後に残っていた冷凍の吉野家の牛丼を食べ終えた。
販売が再開される2006年まで、俺は、牛丼を、断った。
2022年、牛丼の価格は426円(並・店内価格)のようだ。
昔のように、財布のファスナーを開いて中身を確認して向かうこともない。
今日は小銭が少したくさんあるからって大盛りを頼むこともない。
電子マネーで、「並」でお腹いっぱいになる中年になった。
吉野家へ行く前は、妥協したような気持ちだ。
「牛丼でいいか…。」と思いながら入店する。
出てくるときには満足している。
そういう店だ。
以前のように夜中に食べに行くことはない。
特盛りか、並2杯かで悩むこともない。
週8回食べることもない。
頻度は落ちた、確実に。
でも、ひとつ、間違いないことがある。
これからもずっと、牛丼は、吉野家だ。
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