イランイラク旅行した中国人建築家とエジプトで再会した話🇪🇬
お久しぶりです。
中国人建築家とのイランイラク旅、沢山の方に読んで頂き驚きました。気持ちの整理で書いたnoteに素敵な感想を沢山頂き感激です。ありがとうございます。
では今回もよろしくお願いします。
前回までのあらすじ↓
イラク・エルビルで彼と別れエジプト行きの飛行機に乗った私。
最初の都市はカイロだった。
1ヶ月ぶりの一人旅になぜか気分は上がっていた。空港からオールドカイロ行きのローカルバスに乗る。バス停に向かう途中「市内に行くにはタクシーしかないよ!」と怪しい運転手に声をかけられても、上機嫌で「バスに乗るから♪」と答えてしまうくらい、この時の私は解放感でいっぱいだった。
彼は背が高く体躯も大きくて、近寄り難い見た目をしている。2人並んで歩いているとそうそう話しかけられなかったが、そうだ、1人だとこういう会話があった。ローカルバスに乗りながら、一人旅のやり方を思い出す感覚になった。
オールドカイロが近づくにつれ、バスの窓から何年経っているのかわからない古いビルが沢山見えた。道路中ぎっしり詰まって中々進まない車と鳴り止まないクラクション。インドに似ているけどインドとは違う。
エジプト、どんな印象になるんだろう。バスを降りて排気ガスまみれの空気を吸うだけで、疲れていたのになんだかワクワクした。
今回の旅のテーマは宗教だったが、戦争によりイスラエル行きを諦めた。
何かテーマが必要だった。
X(旧Twitter)で「次はエジプトに行きます!」と宣言すると「ジョジョですね」と言われてハッとした。
高校生の時、1部から8部まで読み通したジョジョ。ジョジョの奇妙な冒険。ジョジョの代名詞ともいえる「スタンド」が登場した第3部の舞台はエジプトだった。そうだ、エジプト旅のテーマはこれにしよう。
早速「地球の歩き方・ジョジョの奇妙な冒険編」を電子購入し、主人公のジョジョ達と同じルートでエジプト縦断することに決めた。
カイロからエジプト南部の街アスワンへ向かった。
久しぶりの1人旅かつ大好きなジョジョの聖地巡礼旅。やる気もみなぎり浮かれる私の心をやはりエジ男はぶち壊した。
イスラム教にはバクシーシと呼ばれる慣習があり日本語では喜捨という。喜んで捨てるとの文字通り、富める者は貧しい者に喜んで施せという教えである。教え自体は素晴らしいが、エジプト人はこれを都合の良いように解釈している。
エジプトは観光大国だが、エジプト人は外国人観光客を歩くATMと思っている。彼らは「30ポンドなんて大して高くないじゃん」と言う割に、ペットボトルの水は1ポンドでもかさ増しして請求しようとする。確かに私は先進国から来ているが貧乏バックパッカーだ。身なりや振る舞いを見てもよほど金には困っていなさそうに見える彼らが、当たり前のように「バクシーシ」と言う。この根性が気に入らなかった。
エジ男との過激な戦いは書くとキリがない。気の強いファッキン日本人女性バックパッカーとバクシーシを盾にするファッキンエジプト人男性。私たちの相性は死ぬほど悪かった。(具体的なエピソードは過去炎上ツイートご参照ください)
南部の街アスワン、世界遺産で有名なアブシンベル、アスワンから少し北上した街コムオンボ、さらに北上した街エドフ、最後の街ルクソールに至るまでの8日間で、私のメンタルはボロボロになった。とてつもない疲れ。早くここから逃げ出したいと思った。
エジプトに着いてからも彼と連絡は取っていたが、彼がヨルダンに入国してからは連絡が取れなくなっていた。もはや彼の通常運転だが今どこにいるのかも知らなかった。ルクソール最終日、急に彼から連絡が来た。
「明日船でダハブに行くよ」
ああ、遂に来てしまった。
この時の私は、もうこれ以上エジプト人と関わりたくなかった。エジプトにも長居したくなかった。イスラエルとパレスチナの戦争も激化しており、ちょうどこの前日、ダハブから程近い街ヌエイバの電力所にイスラエル空軍のドローンが落とされたとのニュースがあった。
メンタルが極限まで落ちていた私は
「今回はダハブには行かない」と返信した。翌日ダハブに着いた彼から急に電話がかかってきた。
「久しぶり」
「久しぶり、どうしたの?」
「いや、ただ元気か確認したかっただけ。最近どう?」
それから他愛もない話を30分ほどした。気づけばエジプトに来てからのエジ男との戦いも話していたし、ヌエイバの爆撃のことも話していた。
「ダハブは観光地化されているから大丈夫だよ。ここにはヨーロッパからの旅行者も沢山いる。イスラエルがわざわざここを攻撃してヨーロッパ諸国から非難される行為をするとは思えない。」
終始ダハブは安全で、ダハブの人はヨルダンに比べてかなりマシと強調していた。彼もヨルダンで散々な目に遭ったらしい。
「意外と元気そうでよかった」と言う彼。
どうやら私のメンタルを確認するための電話だったらしい。電話を終えて、今までの暗い気持ちが少し明るくなったのを感じた。ダハブの治安は変わらず不安だったが、エジ男に対するストレスは和らいだ気がした。
一晩寝て考えた。
イラクで別れた時、これで会うのは最後にしようと思った。電話の彼は、また会えると信じて疑っていない様子だ。また会ってこれ以上楽しい思い出を作っても別れが辛くなるだけだ。そうは思うものの、彼の声を聞くとやっぱり決意が揺らいだ。
翌日彼に聞いてみた。
「私にダハブに来てほしい?」
「わからない」と返ってきた。
ああ、またか。イランで別れた後「国境沿いの街でまた会えるかな?」と聞いた時も彼は同じ言葉を返した。彼にとっては私とふざけ合っている延長なのかもしれない。自分の気持ちを正直に言えないのかもしれない。でもこの時の私は、1ヶ月一緒に旅をしたのに、1ヶ月前と変わらない言葉に傷ついた。傷つくと同時に、思った以上にこの人のことが好きな自分に気がついた。
これが本当に最後。
そう思ってルクソールからダハブに向かうバスに乗った。
カイロで乗り換えてダハブに向かう時、予約したミニバンに乗客は私1人だけだった。運転手は明らかにやる気がなさそうで、途中のガソリンスタンドで賄賂を要求してきた。カイロからダハブまでの道のりは、途中下車できるような都市もなくひたすらに砂漠の道である。言葉がわからないフリをして断ったが、運転手の気が少しでも変われば、私はこの何もない砂漠に放り出されてしまうかもしれない。相手は男性で私よりも体格が大きく、もしもの時には抵抗できない。運転手と2人だけの空間で8時間。考えれば考えるほど怖かった。
彼に連絡したが、ダハブに行くとも伝えていなかったので「どこかの都市で下りなよ」とまともな返信は返ってこなかった。
誰にも頼れない。自分で何とかするしかないのだ。予約したバス会社に電話し状況を説明した。バス会社から運転手に注意の電話が入ったらしい。その後車内の空気は殺伐とし、私はただ無事にダハブに着くよう祈りながら5時間耐えた。彼に会いに行くためにダハブに向かっているのに、肝心の彼は頼りにならず、エジプト人への不信感はさらに強くなった。私は何をやっているんだろう、そう思うと泣きそうになった。
夜、何とか無事にダハブに到着。
ホステルに着いて彼に連絡した。私の泊まるホステルに彼が迎えにきてくれ2人で一緒に海辺を歩いた。
「すごい疲れた顔してるよ」と言う彼。
当たり前だ。この男にはさっきまでの私の気持ちは理解できないだろう。
ダハブは観光地化されすぎていて2人きりになれる場所なんてどこにもない。海の近くの岩場で座って煙草を吸った。煙草を吸ってハイになった彼が急に抱きしめてきた。
「また会えてよかった」と言われキスされそうになったが私は拒んだ。
この時の私はあまり嬉しくなかった。明るい人前でそういうことはしたくなかったし、疲れているのにそういうことだけ求められているみたいで嫌だった。ようやく彼に会えたのに暗い気持ちのままなのは初めてだった。
私たちは別々のホステルに泊まっていた。
エジプトにはドミトリーがあるからイラクの時のようにホテルの一室をシェアする必要がない。彼は他人とスペースを共有することを嫌がるので、同じ部屋に泊まりたいとは言えなかった。
彼はダイビングのライセンスを取るためにダハブに来たらしい。私よりも先にダハブに着いていた彼はシュノーケリングをしたりエジプト人の友達を作ったり既に楽しく過ごしていた。日中彼が何をしているかは知らないし、泳げなくて生理中だった私は海のアクティビティに興味を持てず、毎日浜辺に座ってぼんやり過ごした。1人で過ごす時間は嫌いじゃなかったが、起きてから寝るまで一緒に過ごしたイラクの時を思うと寂しく感じた。
私たちは夜集まって砂浜を散歩するだけで、2人で居ても煙草を吸ったり酒を飲んだりするだけだった。
そんなある日、ホステルの猫と戯れていたら猫に手を引っ掻かれた。よくあることだと思っていたら掻かれた手の甲から血が出てきた。これ、よくないかも。彼に連絡してみたが、日中何しているかわからなかったのでやはり連絡がつかない。やっぱり自分で何とかしなければ。
ホステルの従業員に助けてもらい、病院を探して狂犬病暴露後ワクチンを打った。日本の保険会社にも連絡したりと大変な1日になった。
この日の夜、彼と会ったがもう彼と一緒に居ても楽しくなかった。
毎日ただ同じ時間を過ごすだけで、一緒にいるのに大した会話もない。彼に勝手に期待して勝手に失望することが多くなっていたし、私たちの気持ちはすれ違っている気がした。
この日もお酒を飲んで酔っ払っていたが、会話の延長でふと「お前なんか嫌いだ」と言われた。いつものふざけたノリの冗談だとわかっていたが、この日だけは急に悲しくなった。
「わかってるよ!だから今回で会うの最後にしようと思ってるよ!」
と泣きそうな顔で言い返すと、彼は驚いた顔で
「冗談だよ」と言った。その時にはもう限界だった。
「今決めたことじゃないよ。ここに来る前から決めてたんだよ。私たちには未来がない。私は今年中に日本に帰るし、あなたは旅を続けるでしょう?もう今回で会うのは最後だよ」
言ってしまった。彼はかなり驚いた様子だったが、気まずくなった私は1人走ってホステルまで帰ってしまった。
翌朝、前日の酔っ払った言動を反省した私は彼に謝った。
「昨日はごめん」
夕日を一緒に見る約束をして夕方落ち合った。昨日の今日で気まずいなと思いながらもそのまま2人で砂浜を歩いた。歩き始めると彼が
「昨日のあれ何?傷ついたんだけど」
と言って前日の話を蒸し返した。
怒っている。これまで彼と喧嘩したことは何度かあったが、ここまで本気で怒っているのは初めて見た。怖かった。
もう後には引けない。
「本気で思ったことを言ったんだよ。私は日本に帰ったら働くし、あなたは旅を続けるでしょう?ずっと独身でいたいんでしょう?私たちには未来がないのに、これ以上一緒に居ても辛いよ」
彼はイラクで私に「僕は誰かとずっと一緒に生活するのはしんどい」と言っていた。
「誰がそんなこと言った?君は結婚とかずっと続くものだと信じてるの?」
「そんなの結婚したことないからわかんないよ。けど信じたいとは思ってる」
「君は僕と一緒に過ごすの時間の無駄だと思ってるんでしょ。もう会わないってことは友達でさえないってことだ。そういう考え方をする人間は僕の友達には誰1人いない。本当に愚かだよ」
こんなに怒った様子で詰められたのは初めてだった。そして自分の考え方そのものも否定されている気分になり悲しくなった。
今まで気づいていたけど蓋をしてきたこと。話してみて段々と理解したが、この人の発言にはいつも自分しかいない。私の発言の意図とか、私の感情とか、私の状況とか、全く考えていない。自分がどう感じるかしか気にしていない。
一緒に1ヶ月旅をして薄々気づいてはいたけど、普段はふざけることで誤魔化していた。やっぱり本音で話すとわかってしまった。それが悲しくて泣いてしまった。初めて彼の前で泣いた。泣いた瞬間、悲しくて自分を泣かせるような人はやっぱり付き合っていけないと思った。
私の涙を拭きながら「僕に恋に落ちたの?」と聞く彼。答えられないでいると「それは危険だよ」と言われた。
やはりこの人は私たちの関係を進める気もないらしい。後から思い返すとこの言葉は本当にムカつく。プライドの高い彼らしい言葉だ。
最後に聞いた。
「あなたって誰かに責任を負うの嫌でしょう?」
ずっと思っていたことだった。なんでそんなこと聞くの?みたいな顔しながら
「当たり前じゃん。なんで誰かのために責任負わなきゃいけないの?」と言う彼。
決定的だった。考え方が根本的に違う。私は結婚してもしなくても、彼氏になったりパートナーになったりするということは、相手の人生に少なからず責任を負うことだと考えている。人と深い関係になることは相手に一定の責任を負うことだ。私の少ない人生経験では今のところこういう結論なのだ。そもそもこの考え方が違うのなら、この人とはいくら好きでも幸せにはなれないと思った。
「今日が最後だと思う。今までありがとう」
そう言ってホステルに戻った。
ホステルに戻ってベッドでひとしきり泣いた。目も腫れてきたし、鼻も詰まってそろそろシャワーでも浴びようかと思った。
荷物を見ると、財布がない。バックパックや部屋の中、どこを探しても財布がなかった。どこかで落とした。
考えつくのはさっきまで2人でいた砂浜だった。ここから歩いて30分くらいかかる。深夜1時で外は既に真っ暗だ。もう会わないつもりで別れた彼に電話をかけた。出るわけない。やっぱり寝てるか。
ダハブに来るまでも、来てからも散々な事が起こったが、肝心な時に彼は助けてくれない。最後まで、これが彼との運だと思った。
1人で浜辺に戻った。暗くて、風も強くて、波も強くて、番犬に吠えられながら歩いた砂浜は怖かった。既に目は腫れているのにまた泣きながら財布を探した。さっきまで2人で座っていた丸太の近くに見慣れた財布があった。髪も顔も感情もぐちゃぐちゃになって散々な一日だったけど、財布はあった。不幸中の幸いとはこのことなのかと実感した。
見つけた財布を握り締めてホステルに戻る途中、笑っている自分に気づいた。猫に引っ掻かれて狂犬病ワクチンを打ち、失恋した挙句財布無くして深夜の砂浜を駆けずり回る。こんなに濃い経験ってあるんだろうか。一周回って笑えてきた。
沢山泣いて沢山歩いたおかげでその日はぐっすり眠れた。
翌朝目が腫れまくっているのを確認し、何をする気力も湧かず、1人で浜辺に行った。砂浜に座って道中買ったパンを食べていたが、海を見ているだけで涙が出てきた。パンの味もわからなくなってきて、エジプトのリゾート地に来てまで本当何やってんだろう、と思った。
海にも入れないこのままでは、ダハブが悪い思い出になってしまう。そう思った私はシナイ山の深夜登山ツアーに申し込んだ。シナイ山は旧約聖書でモーセが神から十戒を授かったといわれる山である。深夜にシナイ山に登り山頂で朝日を見る。今の私にはぴったりだ。
深夜に登る山は普段の登山と違った難しさがあった。暗くて足元が見えないし、深夜なので高度が上がるとかなり寒い。風邪を引いてしまいそうな寒さに凍えながらも、なんとか山頂に到達した。眠くて、寒くて、足の疲れもあったのに朝日を見たら全てが吹き飛んだ。山頂から見える太陽は赤くて温かかった。背後では他の登山者が歌う讃美歌が聞こえた。今まで沢山の場所で朝日を見てきたが、この日の太陽は今までで一番近くて、大きくて、温かく包み込んでくれるように感じた。
太陽は偉大だ。いつも元気をもらった感覚になる。こんなに綺麗な朝日を見られてよかった。登って良かったと思った。
最後に彼と別れてから「今どこにいるの?」「もうダハブを出た?」と連絡がきていたが、私は返すのをやめていた。シナイ山から下山すると、もうダハブを離れられると思った。自分の旅に戻ろう。楽しもう。
カイロに戻った私は、残りの観光を終わらせて、次の国へ向かう飛行機を待っていた。この時の私は1人でいたくなかった。中央アジアで出会った友達がモロッコに居ると言うので、彼女に会いに航空券を取った。当時の私にはこういう軽さが必要だったのだ。
カイロ最終日、ダハブを出てから1週間経った頃、彼から連絡が来た。
「今カイロにいるよ。君の旅はどう?」
「今日出発する」とだけ返した。
すると彼から電話がきた。何の用だろうと思って出るとなぜか他愛もない話が始まった。このままでは延々と続きそうだ。痺れを切らして
「何?」と聞くと
「僕たち最後の別れ方は良くなかった。ホテルの場所教えて。行くから」と言われた。
その日の夜、本当に彼が来た。
今回ばかりはフラットな気持ちだった。
ダハブを出た時には自分の気持ちに区切りをつけていたし、今度こそさっぱりとした気持ちで、彼に感謝を伝えてさよならできると思っていた。
なのにまたぶち壊された。彼の態度が全く変わっていた。こんなに感情的になっている彼を見たのは初めてだった。
会ってすぐに「ダハブの話の続きをしよう」と言う彼。
なぜ今更そんなことを言うんだろう。
「私の中ではもう終わったんだよ。今更話すことないよ。そういう話はもうしたくないから楽しい話をしよう」
夕食を食べに行ったレストランで、こう言った私を見つめる彼の表情はとても悲しそうで、かなり気まずかったのを覚えている。結局食事も進まず、その後2人でシーシャに行った。
シーシャを吸い始めると「これでイランもイラクもエジプトも制覇したね」と言う彼。懐かしい。そこから急に彼の話が始まった。
「君はいつも僕のこと置いていくよね。これで3回目だ」
「3回って何?」
「イランのシーラーズで僕を置いてマシュハドに行ってしまったし、イラクのエルビルでも引き留めたのにエジプトに行った。今回も僕を置いてモロッコに行こうとしてる」
すごい理論だ。と思ったが聞き続けることにした。
「イランですぐにイラクに行かなかったのも、本当は君のこと待ってたんだよ。本当はシリアに行きたかったのに、ヨルダンを早く終わらせてエジプトに来たのも君に会うためだったんだ」
驚いて思考停止してしまった。
だってイラクで再会した時「私のこと待ってた?」と聞いた私に彼は「別に」と言っていたし「私がアゼルバイジャンに行っても良かったの?」と聞いたら「うん」と言っていたのだ。
2ヶ月前と正反対のことを目の前で言うこの男に開いた口が塞がらなかった。
あまりにも態度が変わりすぎている。こんなに正直に気持ちを話す彼を初めて見た。何があったんだろう。混乱する。
酒でも飲んでいるのか大麻でも吸っているんだろうと思った。聞くと素面だと言うから余計恐ろしく感じた。
「本当に寂しい」
と言う彼は、人前でキスなんてできないからと額に額をくっつけてきた。猫に引っ掻かれた手の甲の傷に愛しそうにキスしてきた。目の前の人がこれまで一緒に旅した人だとは思えなかった。
「冬になったら一緒にロシアかアルメニアに行こう。クリスマスにアルメニアでホットワインを飲もうよ」
「寒すぎるし、そもそも私は冬用の服は何も持ってないよ」と言うと
「でも僕がいるじゃん」
と言われた。何も返せなかった。
私は大体自分で何でもできるが、だからこそ私にこんなことを言ってくる人はほぼいない。彼はよく「僕なら君に起こる問題全部解決できる」と言っていた。ただ「頼れ」と言われているだけなのに、こんなに安心する言葉は他になかった。たぶんそこが好きだったんだと思う。エジプト滞在中、他の旅行者とたまに行動したが、結局彼以上に頼れると思う人には出会わなかった。
フラットだった私の気持ちはまた揺れてしまった。
しかし既にチケットは取ってしまったし、エジプトでは悪い思い出を作りすぎた。この場所から離れたかった。
彼からもらった言葉は本当に嬉しかったが、いくら言葉を尽くされても、彼のことはまだ信用できなかった。揺らいだ気持ちのまま、モロッコ行きの飛行機に乗った。飛行機の中、感情が追いつかないままその日のことを反芻した。考えてみても、結局冬に一緒に過ごす私たちを想像してしまった。
エジプト編で終わりたかったのですが、モロッコ編へ続きます。