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「あきたこまちRが危険」というデマをつぶしたい


はじめに

私は生物系の博士号をもっており、研究者として働いています。「あきたこまちR」は様々な研究者らの努力によって開発されたものと思います。農業分野ではなくても、同じ研究者として、あきたこまちRがどういった想いで開発されたのか、どれだけの苦労があったのか、容易に想像できます。努力の結晶が何の根拠もないデマで批判されるのは我慢ならないので反論します。n番煎じと思いますが、デマをつぶすには物量が大事と思うので書いていこうと思います。

私は関西に住んでおり秋田県とは無関係、また大学(理学系)で農業とは無関係な研究をしています。あきたこまちRの売り上げが私の懐に一切入らないことを念のため記述しておきます。

デマが書かれているサイト

「OKシードプロジェクト」という反GMO・ゲノム編集・放射線育種をかかげる団体です(ホームページはこちら)。この団体名を「彼ら」とよぶことにします。

問題のページは

【たねまきコラム】「あきたこまちR」は「あきたこまち」と同等ではない—なぜコメの放射線育種に不安を感じるのか

です。

デマに対する反論

このページのいくつかのセクションに対して反論します。栄養価や輸出に関しては知識不足ですので、それらについては言及しません。

「コメのカドミは急激に減っているのに」確かにコメのカドミウム含量は減っているが

彼らの主張は「コメのカドミウム含有量は減少しており、あきたこまちRは不要」である。彼らが示している農水省のデータの通り、農作物のカドミウム含有量は確かに減少している。しかし、このデータをもって、あきたこまちRの必要性がないとは言いきれないです。

農水省が公開するデータについて、プレスリリースを見ると、全国のコメを作付面積で重みづけしランダムサンプリングによって調査した、と書かれています。さらに、土壌汚染地域は調査から除外したと書かれています。秋田県においては鹿角など6地域がこの地域に指定されています。よって秋田県の状況を正確に反映したものではないです。

また、カドミウム含有量の減少は様々な対策の結果実現したもの(こちらも上の農水省のデータに記述あり)。カドミウム対策が容易になればその手間や費用が軽減されます。従来のあきたこまちと同等の稲を植えるだけでよいのであれば、あきたこまちRのメリットが大きいです。

「一生涯食べ続けても害が出ない量になっている」確かにそうだが

彼らの主張は「(従来種の)コメに含まれるカドミウムは通常の食事量では一生食べても問題ない、だから低カドミウム米のあきたこまちRは不要」である。これについて、彼らの主張は理解できます。しかし他の記述が問題ありなので、そちらに反論します。

彼らは「添加物や農薬などと違い、食事を毎回3人分ずつ食べるという離れ業は無理だ」とTWI(耐用週間摂取量)をつかって説明しています。添加物や農薬についても同様に許容一日摂取量(ADI)が定められており、ADIを超えないように使用量が制限されています。添加物や農薬を悪者扱いするのは誤りです。

カドミウムの接種は避けるのがベターですので、従来のあきたこまちにこだわるメリットがあるように思えません。なお、「添加物や農薬についても接種しない方がベターだろ」と言われそうですが、食品の腐敗を遅らせる、食中毒を防ぐ、収穫量を増やす、などメリットのほうが接種のデメリットより大きいです(個人のメリットだけではなく社会全体としても)。

「「こまちR」の安全は証明できていない」遺伝子の不一致度の計算方法、理解してる?

彼らの主張は「あきたこまちとあきたこまちRで遺伝子が0.4%ちがう、ヒトとチンパンジーでは1.2%なので、両者の違いは非常に大きい。よって同等として扱うべきではない」である。このセクションについては個人的には一番おもしろかったです(つっこみどころが満載という意味で)。

そもそも、遺伝子の不一致度の計算方法が全く異なるので両者の数字を比較することがナンセンスです

「0.4%」という数字の出所は次の通り:

  1. 放射線育種の「コシヒカリ環1号」と「あきたこまち」を交配することで「コシヒカリ環1号」の遺伝子が50%に薄まる

  2. 交配で得られたものと、あきたこまちを再度交配することで「コシヒカリ環1号」の遺伝子が50%×50%=25%に薄まる

  3. これを最終的に8代目まで行うことで2の8乗分の1 = 1/256 = 0.4%まで「コシヒカリ環1号」の遺伝子が薄まる

ヒトとチンパンジーについて、不一致度の前に染色体の本数を考える必要があります。ヒトは23対46本、チンパンジーは24対48本。この時点で遺伝子の構造が全く異なっていることがわかります。有性生殖の場合、父母の染色体が1本ずつ組み合わせられ、子の遺伝子ができあがります。そのため、ヒトとチンパンジーの間で子供をつくることは不可能で、上で説明した方法で不一致度を定義できません。加えると、上の計算方法では私の遺伝子は両親のものと50%不一致ということになります。つまり私は両親よりチンパンジーに似ている、ということになります。ありえませんよね?

また「ヒトとチンパンジーとの不一致度1.2%」の出所はこのサイトに詳しく書いてあります。ざっくりまとめると「2つの生物種で共通する遺伝子を一文字ずつ比較する」という方法。仮にあきたこまちとあきたこまちRを同じ方法で評価した場合、かなり小さな数字になるだろうと予想されます。生物種がコメであることは両者で共通しています。彼らの別のページに「コシヒカリ環1号は、カドミウムを吸収するOsNRAMP5遺伝子の1塩基を破壊して作られた重イオンビーム育種米。」とあります。コメの遺伝子の文字数が3億9千万なので、あきたこまちとあきたこまちRの遺伝子の不一致度は3億9千万分の1ということになります。実際は、コシヒカリ環1号の他の遺伝子もあきたこまちRに引き継がれるので、もう少し数値は大きくなりますが、それでも1.2%と比べるとものすごく小さいです。自爆してませんか?

「実質的同等性でコメの安全は証明できない」じゃあ品種改良できないね

彼らの主張は「性質が同等というだけでは安全性の証明になっていない」ということである。つまり、人為的に遺伝子に変異を加えたものが安全であるか、あきたこまちとあきたこまちRの性質を比べて差がなければOK、ではなく、長期的な検証をすべき、ということ。

それを言ってしまえば、コメに限らず品種改良全てがNGとなります。品種改良とは、偶然できた良い特性(甘い、寒さに強い、病気に強いなど)をもつ品種を別の品種と交配させることで、より良い品種をつくろう、というもの。特性がかわる、ということは遺伝子に何らかの変異が生じたことを意味しています。遺伝子の変異を許容できないのであれば、極端な話、原種のみ許容できて、改良された品種は安全性がわからないから許容できない、ということになります。放射線育種やゲノム編集ではない通常の品種改良でできた品種についても、彼らは「安全性がわからないからダメだ」と非難するのでしょうか?

また、「遺伝子の命令で出来るタンパク質が変わるから、マンガンやカドミを吸収しなくなるのだ。アミノ酸を調べないと評価できない。」と書かれていますが、アミノ酸組成を調べて何がわかるのでしょうか?あきたこまちRではカドミウムを土壌から吸い上げるタンパク質OsNRAMP5に変化が生じています。コメを含め生物は膨大な数のタンパク質によって構成されています。そのうちの1つが変化したところで、アミノ酸組成に与える影響は軽微です。しかも、カドミウムを吸い上げるタンパク質は米粒にはないので、影響を考えることがナンセンスです。

まとめ

彼らの主張に科学的な妥当性があるとは思えず、ただ気に入らないからあきたこまちRを批判しているようにしか見えません。こういったデマが一つでも多くなくってほしいと願います。


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