宮崎県「Mdrums」試奏&工房潜入
ドラマーのみなさんこんにちは。宮崎県の三股町に「Mdrums(リンク)」というドラム工房が誕生しつつあります。いやもう出来たと言っても良いタイミングかもですが。現在進行系、今起きつつあることを感じられるって、バンドとか音楽とかドラマーとかもそうですが、実におもしろいことです。
現時点でいろいろな方々が試奏もされており、かなり細かな検証もされつつあるので、私はアウトラインと、先月宮崎に寄って工房におじゃまできたので、その様子を少々紹介できたらと思います。
宮崎県三股町(みまたちょう)の堀内さん
私事ですが、私は宮崎県延岡市にゆかりがあります。3年前に、宮崎〜延岡〜高千穂〜熊本〜と巡ろうとしたときに、ちょっと寄りませんかとSNS上で声をかけていただいたのが、Mdrumsの堀内さんでした。都城市のお隣にある三股町というところで代々工務店をやられていて、一級建築士の肩書も持つ堀内さんの自宅には、立派なスタジオと、そこにはたくさんの美味しそうな楽器が並んでおりました。同世代で、共通の好きなドラマーも多く、私のかつての教則本なんかも読んでいただいていたことなどもあり、いろいろ話は弾みました。
実はそのとき、三股町を出てから、延岡〜高千穂〜熊本と、大好きな歩き旅(一部 cheatあり)を堪能した後、大阪に飛んで、小出シンバルの工場で「シンバルカフェ」というイベントをやりまして、シンバルを実際に作る工場で行ったイベントのあの雰囲気たまらなかったなぁと、とても楽しい年でありました。
しかし翌年になると、新型コ◯ナ騒動が始まります。ミュージシャン界隈としては諸々停滞に継ぐ停滞でしたが、SNSを見ていると、どうやら堀内さんがドラムを作り始めた模様...。そして、連日更新されていく内容を見ていると、シェルの加工、塗装、組み上げなど、なかなかのテンポ感で進んでいくので、いやこれはすごいなぁと。
しかもその試作が、シェルを丸太からくり抜きで作るほか、なにやら独自の製法「ブロック・ソリッド(リンク)」という実用新案まで取得されているとのこと。いわゆる一般的に多く使われているプライシェルではなく、そして多数の木片を組んだステイヴとも違います。(詳しくは上記リンク先を御覧ください。なるほど、と思うアイデアではあります。)私も、古いジャンク・シェルをリサイクルしたり、ペール缶を使った軽量ドラムを作ったりしてきましたが、比較にならぬ本格さ、そしてバイタリティもすごいなと。というか最初は趣味が講じてと思い込んでいましたが、実は昔から虎視眈々とこの年齢になったら、と決めておられた様子。そして建築士としてのキャリアや周囲の職人さん、工芸士さんとの繋がりも活かされているようでした。そうして製作されたプロトタイプのスネアはご自身のSNSでも紹介され、いろいろな材を使っていること、その中でも杉を使ったシェルは、あまり聞いたことがない食感(聴感ですがあえて食感と書きます)だったので、私も興味が湧いてきました。
そんなこんなで過ごしているうち、昨年末、4台のスネアが送られてきました。機会があったら試奏を、みたいな感じだったのですが、なんと一気に4台...。開封してみれば、綺麗に塗装され、シェルにはバッジ、内側にはシリアルまで貼られています。その4台は、欅のくり抜き、ひのき、杉、くすのきのブロック・ソリッド・シェルというものでした。
さてこれはどうしたものか...。ドラム工作的な目線で評価するか、仕事で使う楽器として見るべきか、雑誌媒体でレビュー記事を書くような方向が良いか...切り口に加え、どんな形にしてまとめるか...。
1)自宅で叩いて感想をお伝えする
2)動画を撮ってYouTuberおっさんデビューを果たす
3)みんなでわいわい叩く
4台のスネアを眺めながら、そりゃ~自分ならまずは3番だよなと。
しかしコロナ禍ということで、集ったりも出来ない状況です。そこで、日々の行動と共にスネアを担いで出掛け、その時々に接触可能なプロドラマー、ビルダー、楽器店の方々、レッスン生の学生達に見てもらいました。昭和の時代の行商のおばちゃんみたいなもんすかね。いや別に売り込んだわけではないのですが(笑)
せっかく俺んところに来たんだから、商売っ気無しで、音にはとびきりうるさい人達に見てもらうことが、このスネア達に対してできることかなと、軽い気持ちで始めたスネア行商ではありましたが、結果的にはかなりたくさんの方々に叩いていただきました。その中で、某Sさんという、これまた音には厳しいドラマーが、欅のくり抜きを叩いた時にすごく素直に嬉しそうだったんですね。「嫌な音がしないですね」と。これはちょっと予想以上ではあり、自分自身、まず自分で多少チューニングを試したりもしていたのですが、今まで叩いたことが無いカテゴリかなと思っておりましたが、あぁこの反応があるんだなと、その正体をもう少し探りたいという気持ちがありました。
ぶっちゃけていえば、このスネアがどうだろうと、自分にとってはなんのビジネスでもなく、そもそも金の匂いがしないものの方が好きな人間ではあります(笑)ただ、気になるところはやはり解消もしたくあり。ま、それに付き合わされる周囲のドラマーの方々も大変だったかとは思いますので、この場を借りて感謝の意を表したいと思います。私の周りのみなさま、いつもありがとうございます。
Mdrums試奏の評価
さて、試奏すればそれだけの評価があります。言葉に出てこない表情やリアクションもあります。今回は自分が常日頃付き合っている人達であり、なにより作った本人が居ないわけなので、ストレートな意見が返ってきやすいところ。
見えてきたことは、シェルそのものに対する可能性の高さでした。清潔感があって抜けが良い、嫌な音がしない、安定している、ソリッドながら手に馴染んでタッチの融通が効く、それぞれの材の特徴がモロに出る、など、ほとんどの人がこういったことを口にしていました。なんというか、既存のメーカーには無い感じです。それはくり抜きもブロックソリッドも同様の感想が多かったように思います。
一方で、パーツの選択、塗装、スナッピーの反応、デザインなど、辛口コメントもありました。これについては、ライブやレコーディングなど本番で使用するシビアな想定、製法や工法そのものに対する考察、販売する上での視点など、やはりそれぞれ試奏した方々がシビアな現場を想定せざるを得ません。
それぞれの方々のコメントはそれぞれの方々に帰属するものではありますので、ここでの紹介は避けますが、一応、私の見解を以下に。欅のスネアは、他のメーカーでは多少強気というかキャラクターむき出しみたいな方向が多いように思いますが、この欅のスネアは、実にクリアで清潔感があって、ひねくれた倍音みたいなものが出ないし、ショットに対して安定した結果を返してくれると感じました。音飛びもよく、レッスン室でドラムセット4台合奏の爆音の中でもしっかりパルスが届き、叩くにつれて手に馴染む柔軟さも感じます。図太い、無骨、ワイルド、とはちょっと違うというか。ムラの出にくいところは、レコーディングでも安心して使えるスネアだと思います。基本トーンが広がっていくので、ダイキャストフープなど重いパーツをつけるとギュッと引き締まりますが、それならば違うスネアを使った方が...という気もします。
これらは試作段階であり、そしてなによりMdrumsは基本受注生産ということなので、プロトタイプやリファレンス機をもとに、ドラマーが自分仕様に詰めていく、というところなのかなと思います。ひとつ大きなこととしては、個人的な意見として、製法も含めたドメスティックなシェルの選択肢がまたひとつ増えたということの意義を感じています。
さて、そうして集った意見をすべて堀内さんにお伝えして、貴重な繰り抜きのスネアは某豊橋の楽器店の社長のところに転送、私の役目は一旦終了となるところだったのですが、それがまた少し続くことになりました。
丸太が転がる工房
さて、偶然にもこの3月に再び宮崎に出向く機会があり、本来の目的は別でしたが、その旅程にくっつけて三股町を再訪することができました。試奏した後のやりとりはたくさんしていましたが、やはり伝えきれていない点、理解できない点も多いので、伺えてよかったと思っています。なにより、3年前とは違って、今回は、ドラム工房と化した堀内さんのアジトに潜入となりました。
代々、工務店として活用されていた木材の保管場所を、ドラム工房とされています。いやこれがですね、なんとも広くて、ドラムセットは置いてあるし、工作台、工具、製作途中のシェルが並び、丸太が積まれ、重機やクレーンもあります。たとえば自分がドラム作りたいって思っても、この環境を揃えるだけで大変なことです。(私は以前、団地のベランダでシンバル削ってました...やはり環境大事...)確か1月にスネアを試奏していたタイミングだったと思いますが、丸太を買い付けたという写メを堀内さんからもらって驚かされましたが、それらもこの工房に並んでいました。なかなかに壮観です。
ここで試作を重ね、改良を重ね、失敗も重ねながら奮闘されています。加工や整形に関しても、試しながら方向修正しつつ、広告宣伝的には「手作り」と言えば体裁も良いのでしょうけれど、どんな分野でも「手作り」とは「手探り」でもあり、そして相手は「木」であり、保存や加工を間違えれば容赦なく割れ、シェルになってからも変形や縮みなども起きます。
どんな楽器も、その時代に調達できる素材や利用できるインフラや技術と、試行錯誤の繰り返しでできていて、今なお進化もすれば、ある意味「白いTシャツとジーンズ」「スーツに革靴」のような「THE定番」なものも存在している。新しければ良いということでもなく、スタンダードを超えるのもそう簡単なことではないでしょう。自分で使うためだけであればまだしも、それが商品となれば、別次元の難しさが出てくることでしょう。
実際自分も、相当いろんな意見を堀内さんにぶつけていて、自分だったら「もうええわ〜」と言うだろうと思いつつも、そうした意見もキチンと取り入れ、時間をかけて検討を重ねておられます。プロタイプからどう変わっていくか、作る方は苦しみでもあろうかと思います。
今までにいろんな楽器に触れてもきましたが、演奏者としては楽器に頼らない実力をと思う反面、優れた楽器だからこそ可能になる表現や、演奏者がインスパイアを得る面もあります。たかが楽器、されど楽器、やっぱり楽器。
いよいよ、4月から発売開始という舵取りをされているMdrumsですが、更に多くの人達が関わって、堀内さんはドラマー達の様々なベクトルの要望をさばきながら、ドラムを作っていかれることと思います。また、スネアの試行錯誤から、ドラムセット、そして周辺のガジェットなどへ製作が広がることもあるかもしれません。ドラマーの皆様、是非お近くの楽器店などで見かけたら試奏してみてください。
個人的に、音楽に関して、特にドラムにおいては国内も国外も無い、世界に壁はあるべきでないと感じていますが、やはり日本にこうした方々が増えていくのは有り難いことだなと思います。みんなでドラム界盛り上げていきましょう。
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