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そうして世界は君になった

バーチャルシナリオ大賞に応募した作品になります。




「今日はお誘いしてくれてありがとうございました。

とても美味しいお店でした。またお誘いしますね。」


ワンピース姿の女性に告げ、私とは違う階段へ彼女を送り出す。

私と彼女との食事会は今日で4度目。

彼女は1番ホーム、私は4番ホームなことは当然把握済みだ。

少し赤くなった顔を隠しながら彼女に手を振る。

小さくお辞儀をして歩き出した彼女の後姿をしばし見つめている。

数歩歩いて彼女は内巻きのボブヘアを再度こちらへ揺らし、小さく手を振ってくれる。

私もホームにゆっくりと歩き出す。

ホームに出ると、人混みの中でも夜の優しい風が頬の火照りを冷ましてくれる。

「そろそろかな……」


私は頭の中でリューズを描く。

このリューズは世界と私をチューニングしてくれる。

チリチリと回る度に世界と私の姿を繋げてくれる。


彼女からであろう通知がスマートフォンを揺らすが、すぐに電源ボタンを押す。

真っ黒な画面に映る顔は、既に私の見知らぬ顔となっていた。


4番線のホームには、美しい女性が立っている。

肩から自然に落ちる長い黒髪、細く整った眉毛、大きな瞳、雪のように白い肌。

身長は170cm程度でスラリとした体型が一層その美しさを引き立てている。

少し大きめなテーラードジャケットを肩掛けして違和感を消し、電車に乗る。


少しずつ狂っていく心を合わせるように行っていたルーティーン。

気がつくと心だけでなく、姿まで変わるようになっていた。

初めはちょっとした変化だったように思う。

笑うときいつもより少しだけ口角が上がっているとか、二重になっているとか。

最近は身長や髪の長さ、性別が変わることもしばしばである。

なぜこのようなことが起こるかもわからなかったけれど、病院に向かう気にもならなかった。

きっと解決はしないし、この状況を治療されても困る。

私はこの現状を肯定している。

この能力を使って何か叶えたい野望があるわけではない。

世界のナニカに求められて、世界の中に自身が溶け込むような感触。

この言い得ぬ高揚が私を心酔させていた。

考え事をしている間に最寄り駅に到着したのでそそくさと下車する。

新しく整えたこの身体の準備をしないといけない。

今日は帰宅次第シャワーに入り、就寝した。






朝、いつもと同じ時間に鳴り響くアラームとは裏腹に私はいつもよりすこし気怠さを感じていた。身体の変化というより、珍しくお酒を飲んでしまったからだと思いたい。シャワーを浴び、朝の支度を始める。

私がまず行ったのがマッチングアプリの登録だ。

独り身でいる幸福も認可されて来ているが、

この街での幸せのカタチにはまだお二人様の風潮が強く感じられる。

世界に溶け込むには、1人では少し足りない。

クローゼットの奥にしまっていたピンク色のニットワンピースを着て写真を投稿する。

昨日会った女性ともマッチングアプリで知り合った。

同じ空間で食事をとり、趣味や相手の話をして楽しい時間を過ごした。

彼女も私もきっと世界の中で動く大きな流れの一部になっていたんだと実感できた。

あの時間はきっと幸福な時間であっただろう。

SNSで軽く調べてみると、今回は甘めな服装より似合う服装があるらしい。

違和感があるならそれは直さなければならない。今日も街に出る必要がある。





20分ほど電車に揺られ、私は今日も街に降り立った。休日ということで、街は人で溢れているようだ。

誰もが何十年も人生に励んで、この世界に溶け込んでいる。

休日の賑わうショッピング街。

私の視界に違和感はどこにもなく、唯一の違和感はショップのガラスに映る甘めの服装の私だけだ。

その違和感と街の賑わいが頭の中で混ざりあい、頭の上から瞼の奥へと重苦しい思考が降りてくる。

私がまた世界からはじき出されるような錯覚。

休日に来るんじゃなかった。後悔とともに、吐き気が昇ってくる。この違和感をどうにか私の外に出さなければならない。

頭の中でリューズを描き、もう一度チューニング……

「こんにちは、お水どうですか飲めますか。」

私は突然声を掛けられ驚き顔を上げる。顔を上げたところ、昨日一緒に食事をした女性が私に新品のペットボトルを差し出してくれていた。

……えっ、バレ!!?!

「救急車とか必要ですかね、あーえっとその辛そうにしてたからお水のむと落ち着きますよ...」

彼女はペットボトルを私に渡しながら私の様子をうかがっている。その表情からは真に私の体調を気遣うような様子が見られ、私の姿に対して疑うような感情は見てとれない。

きっとバレていない。単に親切な人のようだと安心し返答する。

「ありがとうございます。すこし、気分が悪くなってしまって。でも、もう平気ですよ。お水もいただきましたし。」

これは嘘ではない。びっくりしすぎて気持ち悪さが飛んでしまっていた。

「本当ですか?よかった。いきなりしゃがみ込むので心配になって声をかけてしまいました。……あー……よかったらついて来てください。ここだとまた気分が悪くなっちゃうかもなので。」

彼女は私の手を掴み、屋内の方へ案内しようとしている。
何故……???

以前会っていた時はここまでの強引さはなかったように思えたが……。
ただ私にも少し考えがある。私はなすがままついて行くことにした。

そうして彼女に連れられ向かった先は喫茶店のようだった。





店内はあたたかな間接照明に照らされ、壁にはアンティークの時計や絵画が飾られている。席に着くと彼女は私に笑顔でメニューを差し出した。

お水を持ってきてくれた店員にそのまま彼女は注文を告げる。私はコーヒーを、彼女は紅茶を頼んだ。

少しするとカップに入ったブラックコーヒーと紅茶が運ばれてきた。私は砂糖に手を付けず、カップを手にとる。深い琥珀色のコーヒーから立ち昇る湯気に香りが混ざり空間に滞留している。口元へ一口目を運び入れた時に彼女は話を切り出した。

「今日は、お買い物ですか?」

「ええ、そうです。お恥ずかしながら自分に似合う服を探してまして、そしたら気分が悪くなっちゃって。本当にありがとうございます。そちらも、お買い物ですか?」

「その予定です。はい。」

目線を少し落とし彼女は言った。
なにか、あるのかもしれない。
ここ数か月の付き合いでなにかに傾倒していたというような様子はなかったと思う。
話を進めよう。

「ご予定があるのに助けていただいてありがとうございます。もう気分もだいぶ良くなりましたよ。その、こういうこと聞くの失礼かもしれないんですが、どうして助けていただいたんでしょう。それに……お茶まで。」

「プレゼントを探しに来たんです。一人で。でも、家からここまで来たのにまだ自分の中では迷っていてその時あなたを見つけたんです。」

私の存在が、何かにちょうど良かった?
私は少し目を細め、続きを彼女に促す。

「最近いい感じのお相手がいるんです。その、恋愛的な。何度かご飯は行ってるんですけど友達からは私からもっとアピールしないとと言われていて、頑張ったんですけどまだ距離感があるようで……。だから、彼に次会うときはプレゼントを送ろうかなと思って。」

話が見えてこない。だけど彼女との夜の逢瀬は引き際であった。
次に彼女と会っていたら危なかったかもしれない。

彼女は続ける。まっすぐな瞳。
「それで、ここからは恩人の私からのお願いです。私が逃げないように今日お買い物に付き合ってほしいんです。あなたに。」

したたかな要求だ。たしかに私は彼女に救われてしまっている。だけど、あまりにも疑わしい誘い。断るには十分なほどである。それでも私が首を縦に振ることを確信めいた物言いだ。

そのプレゼントは自惚れているわけではなく、十中八九送り先は私だ。
彼女の連絡先は既に削除してしまった。送り先はもう世界から消えてしまった。受け取れないプレゼントを一緒に選ぶ。これはまともじゃない。それになにか私がボロを出せばややこしいことになるかもしれない。断るべきだ。

すこし黙って私は口を開く。

「あなたって結構したたかなんですね。いいですよ。お力になるかはわかりませんけど、私でよければお付き合いします。」

彼女もしたたかだけれど、私も随分したたかであった。受け取れないプレゼントを一緒に選ぶのは確かにまともではない。だけど、”彼”はもう消えてしまった。

女二人でショッピング。これはとても自然。気持ち悪さも少しは和らぐのも事実だ。とても都合がいい。

「やった。では、まずはお洋服からですね!一緒に回りましょう!」

カップの底が見え始める頃、私たちの未来の道筋が静かに形を成した。

彼女は喫茶店を出る頃にはある程度お店の目星をつけていた。期待以上に頼りになる。

私に似合いそうなショップへ入っては私を着せ替え人形のように洋服を見繕ってきた。

骨格タイプやパーソナルカラーは以前診断したことがあるが、今の姿とはまた違う。

聞かれても上手く答えられない私に対して、彼女が色々と考えてくれている時間はとても楽しかった。

結果として、私は両手に紙袋を2つずつ持つこととなった。ほとんど彼女に選んでもらったものが多いかもしれない。

「ごめんね、私の買い物に付き合ってもらっちゃって。本当は、貴方の買い物のお手伝いのはずなのに。」

「いえ!むしろはしゃいですいません!楽しかったです!

でも、ここからですよ。お店はこっちです。ついて来て下さい。」




午後の陽光は街並みに沈みかけ、店内から漏れ出た光が薄暗い街を明るく輝かせていた。
アパレルショップのエリアから少し歩いたところに目的地のお店はあった。

扉をくぐるとそこはいくつものショーケースが並べられていた。ケースの中にはいくつもの腕時計が輝きを放っていた。

キッチリしたスーツに身を包んだ店員がチラリと私たちに目を向けたが近くに来ることは無かった。冷やかしとでも思われたのかもしれない。彼女は特に気に止めることなくケースに向かい、真剣な表情で腕時計を見つめている。

その真剣な表情に私は何も言えなくなり悩む彼女の横で時計の横の値札を見ていた。

これは、相手には届くことのないプレゼント。止まった時間の象徴としてピッタリだなんて少し思った。

気づくと彼女は店員に何かしらを話し始めていた。目星をつけたらしい。

そうして私たちの前に披露された2つの腕時計

「どっちがいいですか。」

ここまでプレゼント選びにはなにも貢献していない私に彼女が尋ねる。

私の意見は特に必要はないように見えたがせめてもの情けとして比較的安い方を選ぶ。

現実に直面したときに少しでもマシだって思えるように。

「ありがとうございます。ではこっちをください。」

即購入を決め、彼女は支払いを済ませその腕時計を手に取る。

そうして、

彼女は私の左手をとる。

そのまま、

送り主不在の贈り物は私の手首に巻かれる。



このリューズは私と貴方をチューニングしてくれます。

チリチリと回る度に貴方と私の姿を繋げてくれます。



彼女の声が頭に響く。
私の世界が君に上書きされていく。
世界と私の物語は、君と私の物語へと。

「……あぁ、叶った。」

ショーケースの中の輝きがゆらゆらと揺らぎ、私の左腕から秒針を刻む音が奏で始める


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