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#002 薪ストーブを作る人の自己紹介 前編
どうも、長野で薪ストーブを作る人
2代目薪ストーブ職人のかずです。
今回は自分の幼少期から高校生までの自己紹介をモノづくり中心でしていきたいと思います。
学生時代編を前編、それ以降は後編として紹介します。
それでは話していきますね^_^
1、幼少期
生まれは神奈川県横浜市。
あれ、長野じゃないの?と思った方は多いと思います。
母の実家が横浜にあるので里帰り出産で僕はおしゃれな街横浜で生まれています。
ですが、育ちはバリバリの今住む長野県茅野市になりますので、完全なる田舎っ子です。
蛇だって素手で捕まえる田舎っ子です。
物心つき始めた頃から父と家の庭でモノづくりをしていました。
記憶にはないですが、ベンチを作る写真が残っていました。
この頃から僕のモノづくりがスタートです。
レゴが好きだったのは覚えています。これも僕が今もモノづくりが好きな要因になっているのでは?と思います。
2、小学生から高校生まで
小学生になると夏休みに自由工作という宿題が出されます。
文字通り何を作ってもいいという最高のレギュレーション。
小学1年生の時にその自由工作をコンクールに出して見事入賞しました。
小学6年生の時にも家にあった廃材で貯金箱を作りそれも入賞した記憶があります。
![](https://assets.st-note.com/img/1646692257600-fuqPFC9y0v.jpg?width=1200)
中学生になると技術という授業が始まります。
鋸を使い正確に木材を切って釘で止めたり、ハンダを使い電子基板を作ったり、タップとダイスでねじ切りをしたりと様々なことを授業でやりました。
この辺りは既に父に教えてもらっていたので周りよりも上達が早い為、
友達の作品もほとんど作ってしまったりする事もありました(^^;;
そして高校受験
この時は父の仕事を継ぐとかそういう事は一切考えておらず、普通高校への進学を希望していましたが
授業態度は良いものの、成績はあまり良くなく一つ下のレベルの工業高校へ受験しました。
こちらへは問題なく入学し晴れて3年間機械科で金属加工の基礎の基礎を実技・学科ともに学びました。
自動車部という工業高校らしい部活へ入ったのですが、こちらは特に何もしない車が好きな人がただ集まる部活でした。
それでも何かしたかったので2年生で本田技研が主催する「エコラン」という大会へ出場を目指し競技車の製作をしました。
県予選の様なものへ出場をしましたが結果はあまり良くありませんでした(^^;;
限られたお小遣いくらいの予算で走らせられる車を作れた事はいい思い出になりました。
3年の時は全国高校生溶接コンクールというアーク溶接のコンクールに長野県代表で挑戦。
結果は中の中でしたが3ヶ月ほど高校の近くにあった鉄工所の「石川工業」の社長様にご指導して戴きました。
お陰様でアーク溶接を始めた頃に比べるとかなり上達することが出来て、今の仕事に大分役にたっています。
前編終わり
ざっくりとした紹介になってしまいましたが、製造業をしている父親の影響を大いに受けて自然とモノづくりが好きな男の子として育ち、少しずつ薪ストーブ職人の道へと進んでいきます。
後半は高校卒業後から紹介をしていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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