エリマキトカゲと薄汚れた通知表
8月中旬を過ぎる頃になると思い出す、私の小3の夏休みの思い出。
夏休みがあと数日で終わるという頃、私は焦っていた。
宿題の工作がまったく出来上がっていなかったのだ。何を作ったら良いのかさっぱり思い浮かばなかった。
1、2年生の頃は、母が専業主婦で家にいたので、一緒にアイデアを出して手伝ってくれた。小学校低学年の子どもが作る工作なんて大人がそばにいなければ、ほぼガラクタに近い代物しか出来ないはずだ、親の手助けがあって仕上げているのがほとんどじゃないのか。
3年生になって両親共働きになり、材料もアイデアもなく私の夏休みの工作は後回しになってしまっていた。
あと1週間を切った夏休み。
このまま黙っていても工作が仕上がるわけはない。いよいよというところで親に工作が出来上がっていないことを打ち明けた。
それなら、と母親が紙粘土を買ってきてくれた。
当時、夏休みの工作と言ったら紙粘土は定番だったのだ。ずっしりと重みのある紙粘土。
その紙粘土を使って私は貯金箱を作ることにした。貯金箱も、紙粘土と同じく夏休みの工作の定番中の定番だった。
誰の提案だったか、自分で思いついたのか、私はエリマキトカゲの貯金箱を作ることにした。
当時、ワクワク動物ランドというテレビ番組があり、その番組の中でエリマキトカゲという生き物がセンセーショナルに紹介された。
敵に襲われた時、首の辺りのヒダを大きく広げ相手を威嚇し走り抜ける。
その姿が鮮烈で一躍、日本で大ブームを起こしたのだ。
きっとウケるに違いない。クラスをざわつかせるかもしれぬ。
夏休み終了まであと3日。
私が孤軍奮闘していた紙粘土に父親が見かねて手を出した。娘の宿題を父親が手伝っている、という様子には見えなかっただろう。
紙粘土工作を楽しんでいる父親を、隣りで見つめる娘。
はたから見るとそう言った方がしっくりくる親子の姿がそこにはあった。
器用な父だった。そしてせっかちな父だった。
父は仕上げた生乾きのエリマキトカゲに絵の具で色を塗り始めた。深い緑、焦茶にブルー、いくつかの色を混ぜ合わせ真剣な眼差しで色を塗る父。それを見つめる私。時々は絵筆を握っただろうか。
仕上がったエリマキトカゲは、それは良くできていた。数種類の色を混ぜた絵の具がリアルさを表現している。
翌日、エリマキトカゲを触ると薄汚い色が手についた。湿った紙粘土に塗られた絵の具は乾ききれずにいた。
私は心配だった。明後日は学校だ。間に合うのだろうか。
その翌日、前日に比べエリマキトカゲは若干乾いているようにも見えた。薄い襟巻きの部分にヒビが入っているようにも見える。だが紙粘土が分厚く固められた部分はまだしっとり感が残っている。
小3の私は知らなかった。紙粘土工作は最終的にはニスを塗って仕上げることを。両親もそこまでは考えていなかったのだろう。
明日、私はこのしっとり感が残るエリマキトカゲをニスも塗らぬまま学校に持っていくのだ。
そして夏休みが終わり登校日がきた。
外側は乾いたように見えるエリマキトカゲを私は手提げバッグにそのまま入れた。
箱でもない、ビニール袋でもない。
普段から学校の持ち物を入れている手提げバッグにそのまま入れた。
どうしてそんなことをしたんだろう。親は何も言わなかったんだろうか、今は思い出せない。今ならそんなことをしたらどんなことが起こるか容易に想像できるのに。。。
エリマキトカゲをバッグに入れる小3の私の腕を優しく掴んで言ってあげたい。
『壊れるよ。』
学校に着くとエリマキトカゲは壊れていた。バッグの中が薄汚く汚れているのが見える。トムとジェリーの絵が描かれたお気に入りの赤いバッグだった。
そしてそのバッグには1学期終了時に渡された通知表も入っていた。通知表はエリマキトカゲに押され折り目が付き、カビが生えたかのように薄汚れていた。
工作は忘れたと言って私は提出しなかった。
通知表は提出しないわけにいかないので、さっと同級生に見られないように先生の机に提出した。
持ち帰ったエリマキトカゲを修理しようと試みたが無駄だった。エリマキはほぼ取れて気味の悪い塊と化した貯金箱は陽の目を見ることなく葬られた。
情けなさ、恥ずかしさ、そんな気持ちが数日は続いたがいつの間にか忘れていた。子どもとはそういうものだ。
ただ、冬休みを迎える2学期の修了式、走馬灯のようにあの夏休み終了間際の数日が脳裏に蘇った。
通知表を先生が配り始めたのだ。名前を呼ばれて私は先生の元に走り、奪いとるように通知表を受け取るとすぐさまカバンにしまった。
ドキドキしていた。
みんながピンとした綺麗な通知表を広げて盛り上がるのを尻目にこの時間が過ぎるのを待った。
汚い通知表は3年生が終わるまで変わらないんだ。。。また3学期が終わる頃、同じ思いをするのかと思うと心が重たい私だった。
遠い国の変わった生き物、エリマキトカゲ。ブームは去り、みんなが忘れても私は忘れない。
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