食い物の恨み
食い物の恨みは一生続く。
間違いない。
私は20年間も続く、「食い物の恨み」が、夫に対してある。
私は長男を妊娠している時に長い入院生活をした。
その時に母が買って来てくれたさつまいもの天ぷらはこれまで食べた中で一番美味しかったと20年経った今でも思う。
あまりのおいしさに、母と私は、そのさつまいもの美味しさについて語りながら食べたほどだ。
「ここまで分厚くてふっくらしているのはナンデ?」とか
「いったん蒸しているのでは?」とか。
ゆっくり味わいながら、そして母とおしゃべりをしながら食べていたが、最後の一枚が残っていることは分かっていた。
その一枚も楽しみにしていたのだが、夫がそのラストさつまいもに手を伸ばし、私と目を合わせながら大きな口を開けてそのサツマイモにかぶりついたのだ。
は!?
と口があんぐりしたまま、私と母は目を合わせた。
母はクスクス笑い始めたが私はまったく笑えなかった。
私は一枚しか食べていない。
お腹に子どもがいる
さっきまで私がウマいウマいと喜んでいた。(ことをヤツは見ていた)
・・・からの、何も言わずに最後の一枚に手を伸ばした夫。
愕然として、夫として、いや、人としてどうなのかと思った。正直、この先が思いやられた。
どんなに鈍感なヤツでも、このラスイチの貴重さには気づくはずだ。
そんなに美味しいモノなら愛する夫に差し出すのがかわいい妻だろうか?
いやいや、私はそのとき、2人分だった。
ことあるごとにこのことを思い出す。
「ことあるごと」
というのは、家族の人数分で割って取り分けて食べるときに
「この人はちゃんと人数配分を把握しているだろうか?」と気になるのだ。
サツマイモの天ぷら事件があって以降だ。
もしかすると、私の子どもに対するオキシトシンが過剰に反応するのかも知れない。
話は逸れるが、この「オキシトシン」は時に厄介らしい。
子どもが生まれて夫婦仲が急に悪くなるケースは、このオキシトシンが関係していて、夫を「敵」だと、脳が無意識に判断してしまうことにあるという。それで、妻の性格が変わったように攻撃的になることがあるんだとか。
私はまさにこのタイプだった。
つい先日も、夫と一緒に食べようと思い、冷凍の梅ヶ枝餅を温めていた。
「ピーって鳴ったら教えて」と言い、私はその場を離れた。
数分後戻ったら、夫が2つとも食べていたのだ。
「二つともオレのかと思った!」って。
この時も、あの20年前の「サツマイモの天ぷら事件」のことを思い出した。ああ、そうだった。夫はこういう人だった、と。
それにしても人は、誰かに不快な思いをさせたと分かったら、次回は気をつけようと学習するモノと思っていた。その考えが甘いのだろうか?
それとも、私が単に食い意地が張っているだけなのか?
夫に優しくないだけか?
そういえば子どもには食い物の恨みはない。
自分の分が半分になっても子どもにはあげたい。逆に夫にはあげたくない。
動物的な反応として、オキシトシン分泌している母親は、20年も夫を敵と見なしているのか?
食い物の恨みは、梅ヶ枝餅事件でさらに根深いものになったが、同時に私の考察も深まるばかり・・・。
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