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彼女 #磨け感情解像度
その人のことを、わたしがどう思っているか、もう書くのもいやだけど、その人はとても悪い。腐っていて、嫌みっぽく、面倒な人間です。はっきり言って顔も見たくない、声はおろかその人が出す様々な音、咳払い、くしゃみ、麦茶をのむときの喉、拍手や足音に至るまで、耳に入れたいとは思いません。すぐにすねて、いやらしい目つきでこちらをにらむし、唇をひん曲げるし、しゃべっている途中で舌打ちをする癖があるし、いつもチョコレートばかり食べて、背中には大きなほくろがあります。ああ、書いていてまたいやな気持ちになる。とにかく、彼女は悪い人です。
私は一九九六年、関東近郊のとある市内に生まれました。きわめて明るく、絵本の中のような私の幼少期、父と母は優しく、祖母は健康的な甘さで、彼らが素晴らしい家と時間をつくってくれた思い出の粒立つ少女時代ですが、ひとつだけ、たったひとつだけ欠陥があるとすれば、それは彼女がとなりの家に生まれたということです。なんと、彼女は生まれた瞬間から私に付きまとってきたのです。悪い影響を与え、邪魔をし続けた。私たちはよだれかけが取れるようになった頃から一緒に遊ぶようになりました。ネジのマイク、色のついた丸い石、カメラのおもちゃ、カラフルな木琴、指をねばねばさせるクレヨンと永遠に現れる白の画用紙。ビオラばかりの花壇。ラメ入りの縄跳び。筆箱とランドセルは同じ店で買ってもらいました。
そのころ彼女から提案された遊びは数えきれないほどです。書くことすらためらうようなばからしい、笑ってしまうような遊びですが、ひとつ紹介すれば、私たちはシルバニアの人形(栗鼠、淡いワンピース、栗毛)の頭を持ってリビングのソファから寝室へ階段を使わずに移動させるのと同じ要領で、互いの家族を取り換えっこしました。私の父親は週によって駅前の花屋『スミズ』の店長だったり私立大学の地質学者だったり、母親は曜日によって駅前の『おべんとうマルクス』のパート従業員だったり郵便局員だったりしました。何の意味があるでしょう?こんなことをして、私は頭を動かしている気になっていたのです。愚かでした。いえ、遊びが悪いのではありません。これらのことを「彼女と一緒に」やっていたことが問題なのです。他にはほくろの数え合いっこ(Tシャツをめくりあげて!)、名札の交換。彼女が私に、私が彼女になって廊下を歩く。しかも手を繋いで、です。ある先生は私たちを叱りました。ある先生は「仲良しでいいこと」と言いました、そのときの彼女の返事「べつに仲がいいわけじゃありません」バラの香りを突然かがせたり、手紙を交換しようと言ったり、(その間にも不機嫌症を何度も発症しているのです)プールの水をかけ合ったり。ああ。この時代のせいで、私まで彼女のような人間になっていないでしょうか、腹黒い、退屈で怠惰な、唇のきらきらした人間に。それだけが心配です。
恐ろしいことに、腐れ縁は今も続いているのです。私たちは小学校を出て、造花を胸に差して中学校に入り、卒業すると同じ高校の制服を着ました。彼女の背中に私と同じ、紺に白い線の入ったセーラー服を見たとき、そして同じ教室のドアを開けるのを見たとき、私の絶望と言ったら!彼女は相変わらず机に肘をつくし、顔を近づけて話すし、不機嫌で、だらだらして、光る両手の爪を見せびらかします。私は一日に何回ため息をついたらいいのでしょう。「またやっちゃう?名札交換」などと言って私の鞄のキーホルダーをいじるのです。それでいて、部活の先輩(美人で、校則に照らされない程度の化粧をした、背の高い美術部部長)が教室にやってくると、私のキーホルダーを捨てるみたいに投げ置いて走っていくのです。先輩に向かってへらへらして、大げさに笑ってみせたり、手に触れたりする。この先輩だけでなく、全員から嫌われてしまえと、何度願ったことか。
今日の五時間目、席替えがありました。私は窓辺の席を引きました。風が心地よく、明るくて黒板もよく見える、非常に良い席で、私はマスクの下の鼻歌で机を移動させました。ところが、何ということでしょう。となりへ机を引きずってきたのは、にやにやした彼女だったのです。椅子をがちゃがちゃ言わせ、髪をかき上げて私のとなりに座ると、小声で「いぇーい」などと言いました。落胆、悲観、絶望、私は窓と彼女に挟まれてしまいました。黒板を見るにも、トイレに行くにも、何をするときもいまいましい彼女の横を通らなければいけません。もはやこの窓から飛び降りるほかない!私たちの幼少期からの関係性を知っている男子が、「これはもう運命だな」と言いました。いいえ、あり得ません、私と彼女の間に運命なんてあってたまるか、第一、女同士だから、私がそう答えると、「ねえ、これからの時代はそうじゃないよ」などと諭してくるのです。だったら私とキスしてみろ、ばか!
私は世界一とは言わなくても、この学校一かわいそうな人間です。誰か助けてください。私は彼女に捕らえられて、反抗もできず、ずっとこのまま人生を送っていくなんて、耐えられません。誰か、神様でもいいから、私はどうしたらいいのか、教えてください。
こちらに参加させていただきました。
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