〜ワーキングマザーが白血病治療中に考え・感じたこと〜 入院中に、最高のチームメイト見つけました その①
「何歳? 11歳? 今からお母さんの腰の骨から骨髄液を吸引するけど、ここからだと良く見えるよ」
主治医のH先生が快活に話しかけたが、当の娘はおびえていた。
「先生、怖いみたいなので、病室から出させていいですか?」
「怖い? そうですか…… 分かりました」
入院2日目の、やり取りだった。H先生は意外そうな顔をした後、処置の準備をし始めた。その後私は、骨盤から骨髄液を注射器で吸引する骨髄穿刺、通称マルクを受けた。痛み止めの注射をしてから、骨を貫通する注射をするのだが、下手な処置だと激痛だと聞く。しかし、H先生は手際が良く、かつ、腕が良いので痛みは少なかった。
会社の健康診断で白血病が判明し、心の準備もないまま入院した私の前に現れたのが、H先生だった。白血病病棟で浮いてしまうくらい健康そうで、はきはきした受け答えが印象的な先生だ。鍛えているのか、筋肉質な体つきをしていたが、まだ幼さが残るベビーフェースの持ち主でもあった。
「この先生えらく若いけど、何歳なんだろう……」
年配の医師が主治医となることを想像していた私は、無意識にH先生の若さに不安を感じた。無論、小学生の娘を二人育てるワーキングマザーの心情を理解することは、期待できなさそうだった。
治療は、最低でも6か月。H先生とは、長い付き合いになる。
さて、H先生とどうつきあっていくべきか?私は頭を悩ませた。
「親の世代は、医師の言う通りになんでも従うべきと言うけど…… もちろん、医師は敬うべき存在だけれども、患者が下ということでもないだろう」
こんな考えが、頭のなかでぐるぐる回った。
医師の仕事は、患者の病気を治すこと。私の患った白血病は、比較的たちが悪くない型のようなので、元の生活に戻れる可能性はあるようだ。きっとH先生は、抗がん剤治療を計画通りに実施し、数か月後に私が退院できるよう注力してくれるだろう。
私が入院している目的は、白血病を治して子供達の待つ自宅に戻ること。
「私とH先生は、同じ目的を達成しようとしている、チームメイトなんだな」
そう気が付いたら、一気に気が楽になった。そして、H先生と私は、共通の目的を達成していく同志なのだと、勝手に決めたのだった。
H先生というチームメイトを得た私は、「白血病細胞撲滅プロジェクト」を効果的に遂行するため、まずお互いの信頼関係を築くよう努めた。
今までの病歴や自分の体質について、積極的に説明した。そして、自分の治療内容を理解するため、投与する薬について質問しメモを取った。白血病を治すためなら何でもする、という姿勢を見せたことは、お互いのモチベーションの維持にも貢献したと思う。医師だって人間である。やる気を持ち続けることは大切だ。
気をつければならなのは、医師と患者は何でも腹を割って話し合える間柄ではない、ということだ。チームメイトとして上手くやっていくには、医師のいったことを患者が「翻訳」する必要がある。
主治医は、まずリスクについて説明をする。患者からしてみたら、そんな恐ろしいことが起きるのか、と暗い気持ちになる。しかし、医療訴訟などが増加する状況のなか、主治医は
「大丈夫です。 うまくいきます。 なにも心配はありません」
とは決して言わない。いや、言えないのである。
「今こういう状況なので、この様なリスクがあります……」
と、大概リスクについて詳細に説明し、問題が発生しなかった場合の話はほとんどしない。
この原則を理解し、「翻訳」をすると、患者は不必要なストレスや不安から解放される。
私は、初回の厳しい抗がん剤治療の最中に左脳に膿瘍ができ、右手が麻痺するという事態に陥った。自由に動かなくなった右手を見て、これじゃあ白血病が治っても、退院後以前のような生活ができないではないか、と奈落の底に落とされたような気持ちだった。
「一度壊れた脳の細胞は、元に戻ることはありません」
「右手が動くようになるかは、麻痺した直後に、どれだけリハビリが出来るかによります」
と、H医師は、冷静に言い放った。
私は、さらに暗い気持ちになったが、「翻訳」をして自分に言い聞かせた。
「どうもリハビリしたら、基本的な生活ができるレベルまで戻る可能性はあるみたい。
とにかく、頑張ってリハビリしてみよう。」
理学療法士のもと、毎日リハビリに励んだ。そして、右手首が腱鞘炎になってしまうぐらいリハビリを続けた結果、ある日に右腕が軽くなり、右手が動かせるようになった。
「腱鞘炎になるまでリハビリを頑張ったら、動くようになりました!」
以前より格段にスムーズに動く右手を見て、H先生はとても喜んでくれた。
「本当に、良かったです」
H先生の笑顔を見た時、私の右手が再び動き出すことをH先生も、諦めてなかったのだと分かり嬉しくなった。と同時に、右手が麻痺した当時のやり取りを思い出し、先生ともっと自由に話しができたら良かったのに、と医師と患者の関係を残念に思った。
「医師は、患者が良くなるよう動いてくれるチームメイトだ」
今ではそう自信をもって言える私も、H先生に対して不満を持ったことがあった。
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入院中に、最高のチームメイト見つけました その②に続く・・・