5 旅人は誰もが、文化大使である
黒澤明監督の映画「デルス・ウザーラ」は、ロシア人探検家アルセーニエフのシベリア探検記で、案内役の猟師デルスとの交流を描いている。設定では、デルスは先住民ゴリドであるが、デルスを演じた俳優マクシム・ムンズクは、トゥバ人である。
そのことを知ったのは、1995年にロシア連邦トゥバ共和国を訪問した時だった。ソ連邦の崩壊から4年。まだ新しいロシア連邦には22の共和国があることすら、ぼくは知らなかった。
ソ連時代の唯一の飛行機会社アエロフロートが分割されて、いくつかの飛行機会社が誕生していた。フライトが、あるのかないのかもわからない中、現地の情報をたよりに新潟空港を出発した。イルクーツク経由でトゥバの首都クズルに到着したのは奇跡のようだった。
クズルでは、ユネスコ国際ホーメイシンポジウムが開催されていた。ホーメイは、シベリアあたりの民族独特の歌唱法で、喉に負荷をかけ、歌声と同時に口笛のような音を紡ぐものである。
シンポジウム主催のコンサートの帰り、劇場の外で、小柄な初老の男性がひとり精彩を放っていた。マクシム・ムンズクだった。黒澤明監督に伝えて欲しいことがあるという。メールどころか国際電話の不便な時である。
ぼくは思った。旅をすることは、いやおうなしに文化大使にならざるをえない。帰国後、ぼくは黒澤久雄さんを通じて、メッセージを伝えた。
「ウォークマンはいつ届くのか」
静岡新聞 窓辺