70.例外を管理し、これを補足する宇宙を説明する演劇
松本にはかねてからまつもと市民芸術観の芸術監督をしている串田和美がいて、コロナ禍の発信には共感するものがあり、そしてまた今回の公演で出てくるであろう「パタフィジック」に興味があるので、松本まで小説家で劇作家のアルフレッド・ジャリ(仏: Alfred Jarry, 1873年9月8日 - 1907年11月1日)をテーマにした「じゃり」(小川絵梨子脚本・演出)を観に行ってきた。
数日前に新宿の小劇場で新型コロナ騒ぎがあったので、劇場は、いつになく入場から慎重だった。整理番号順に手を消毒し、体温チェックをする。席には一席おきに段ボールなどで作ったペーパー・ピーポーなる擬似観客人形が配置されている。(客席はゆったり、ペーパー・ピーポーは舞台にいる俳優を寂しくさせない効果があるだろう)
舞台は、雑多な部屋の集積のようなインスタレーション。
そこに劇団TCアルプの俳優10人が並び、不可思議な顔で、観客に向かい拍手する。呼応して、観客も拍手する。そんな儀式のあとに、「ユビュ王」の有名なセリフ「くそったるー」を放つ。「ユビュ王」(1896年、フランス・パリのルーブル美術館で初演)は、大騒動となり、15分間芝居が中断したそうだが、いまこの言葉に起爆力は残されていない。その後も続くふざけた言葉の連続に、当時の立派な観客には耐えられなかったのだろう。この劇はシュールレアリスムやダダの先駆けであると評されている。現在のように、舞台においての節度であるとか境界であるとかが崩壊している時、どんな言葉に既存の制度を引き裂く力があるのだろうか。「う●ち」「オマ●コ」「チ●コ」ってどれだけ効き目があるんだろうか。
最前列の観客だけがフェイスシールドをしているのが、なんともシュールな光景である。
内容は、ユビュのモデルになったジャリの学校のいけすかないエベール先生のことや、ジャリの生誕を3分間クッキングで切り刻んだりとか、グロテスクな風味の笑いが軽やかに構成されていて、飽きさせない。特に、後半の串田和美のモノローグは深い陰影で、コロナ禍の上演の不条理を示唆していた。
ただ、ジャリを現代の観客に紹介するという全体の流れもあり、そこはどうしても飛躍が弱くなってしまうのは悩ましいところだ。これはかなり個人的な感想なのだが、出演者がぼくにはどうしても劇団員に見えてしまう。(劇団の人だからそれでいいんだけど・・)。履いてる靴であるとか、動きと感情の整合性とか。
もっと「パタフィジックを!」と、他人事なので思ったり、迷惑な観客であった。
「パタフィジック」。これはぼくの大好きな言葉で、ジャリの説明によると「形而上学を超えた領域の科学」であり、「例外を管理し、これを補足する宇宙を説明する」「架空のソリューションの科学」なのである。
でもって、このコロナ禍の中、みんな舞台をしたいし、みたいし、少しずつこうしてがんばっているのはうれしい限り、楽しい松本行きだった。
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