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89.梅津和時「大仕事」

 梅津和時と演奏するようになったのは、いつからだろうか。
 おそらく1979年の終わりか、1980年頃だろう。ぼくが参加するヒカシューが東芝EMIからデビューしたのが、1979年の10月である。梅津和時率いる
生活向上委員会管弦楽団がメジャーデビューしたのもその頃で、ラジオやテレビの番組で会うことが多かった。
 いまもあるのかどうか知らないが、かつてはデビューすると、ラジオやテレビのオーディションというものがあった。どうも歌謡界のしきたりのようで、宣伝のためにでかけるのだが、ロックバンドには不要という気持ちもあった。松原みきはよく一緒になった。
 中でも魑魅魍魎のような歌手までが受けるNHKのオーディションは異色だった。なんつったってあの美声と笑顔の国民歌手、藤山一郎先生が、目の前にひとりでお座りになり、審査をするのである。こんなに人を緊張させる審査があるだろうか。
 もちろんヒカシューは一発合格だった。
 生活向上委員会管弦楽団こと生向委と一緒だったのは、テレビ朝日の番組で、ライブ演奏の収録だった。アンサンブルシカゴやサンラーアーケストラを彷彿させる破茶滅茶さで、一気に魅了された。
 1983年頃だったか、ヒカシューがある時3人だけになってしまい、心細いながらも演奏活動を続けていた。立川の小さなライブハウス立川38アベニューに出演した時、梅津さんとその相棒のテナーサックスの片山さんが観にきてくれた。
 それからだろうか。梅津さんは、セッションに呼んでくれるようになった。
 1993年には、ヒカシューと梅津和時でドイツのブレーメンヘゲザックに遠征したり、ベツニナンモ・クレズマーというおそらく日本初のクレズマー(ユダヤの音楽)を専門にするバンドを結成して、ぼくは専属歌手として参加した。
 そんな梅津さんが長年続けているシリーズに「大仕事」がある。
 もともと西荻にあるピアニストの明田川荘之が経営するライブスポット、アケタの店で1990年に始まった。5年間はアケタの店。その後江古田のバディなどで、「大仕事」は続けられてきた。新宿ピットインに場所を移したのは何年前だったろうか。
 今年、久しぶりに梅津さんから声がかかった「梅津和時プチ大仕事2022」。プチと着いているのは、たった5日間だからだ。「大仕事」は以前は一ヶ月が当たり前だった。梅津さんのスタミナには驚くばかりだ。
 「奇」にして妙なる異界 Great Improvisationというタイトルで、メンバーは、
梅津和時(Cl,Sax,etc)内橋和久(G,etc)巻上公一(Voice,etc)の三人である。
 梅津さんによる言葉がまたいい。
「世の中に素晴らしい演奏家は多いがこれほど予測不能で摩訶不思議な音を瞬時に取り出せる奇術師のような音楽家は、そうたくさんは居ないだろう。」
 ありがたいお言葉である。
 梅津さんの面持ちは影がありアンニュイなのだけど、一度ステージに出ると、そのサックスの豊かな音色、軽妙なテクニックもさることながら、お客さんを楽しませようという気持ちが全面にでてくる。72歳にして常にパワフルである。
 出会ってから、42年。いつまでも一緒に演奏していたいものだ。(2022.3.24)

巻上公一

2025年3月21日(金)梅津和時 プチ大仕事 2025
詩とジャズ
Open19:00 /Start19:30
MEMBERS
梅津和時(Sax,Cl)吉増剛造(詩&Perform)巻上公一(詩&Perform)坂本弘道(Cello)
http://pit-inn.com/artist_live_info/250321umezu/
 


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