ぐるりと世界が回った日のこと
「ねえママ!
僕きのう、はじめてできたことがあったんだよ。
なんでしょう?」
5月のある日、日差しの色も段々と濃くなり、
真夏の足音が近づいてきた夕方のことだ。
テニススクールに通い始めた息子が、
その帰り道、自転車で私の前を走りながら、
大きな声で話しかけてきた。
「えー?なんだろう。ゲームのこと?」
「ううんーー!
僕、初めて逆上がりができた!」
おお!
小学校6年生で逆上がりができるようになるなんて
すごいすごい!と手ばなしに褒めた。
体育の時間、鉄棒をやって、担任の先生に
足を思い切りあげるんだよ、と教えられたんだそうだ。
それで、鉄棒よりぐんと足を高く振りあげたら、できたんだと。
その誇らしそうな様子に、私も嬉しくなった。
私は、逆上がりができない子供だった。
もちろんこれまで、一度もできたことがない。
今はもう廃校になってしまった小学校の、
玄関の脇にある庭のようなスペースに、その鉄棒はあった。
小さいサイズから、大きいものまで。
その時は小学校低学年だったと思う。
体育の時間、クラスメイトたちが列をつくって、順番に逆上がりをしていった。みんな器用にくるくると回っていく。
いざ自分の番になった。
思い切って鉄棒を握りしめた。
錆びた鉄の匂いが手につくのが嫌だった。
私は思い切って地面を蹴った。
けれど、何度地面を蹴っても、私の足はついぞ鉄棒にかかることはなく、虚しく宙をキックするだけ。
仕舞いには重いお尻を、先生に持ち上げてもらって、無理やりにぐるんと回転した、あの感覚を思い出す。
さらに私は、側転もできない子供だった。
できないから、体育の時間は全部ごまかした。
高校の時にやった平均台も大の苦手で、
友達が高いところですんなり技を決めるのを見ながら
これもまた、適当にごまかした。
このごまかし癖は、プールやら部活やらでも、何度も発揮された。
練習せずに迎えたバタフライのテストでは、溺れるかと思った。
でも、正直悔しさはあまりなかった。
だって、できないものはできないから。
息子は、側転も器用にこなす。
プールも幼稚園からずっと続けていて、ちゃんと毎週通っている。
今ではバタフライまでマスターし、選手クラスではないが、毎週何百メートルも泳いでタイムアタックに挑戦している。自分なりに、少しでも早くなりたいんだそうだ。
先述したテニスも、私の姉家族の影響か、突然やりたいと言うから、スクールに通わせてみることにした。
なんというか、息子は「気合い」とか「根性」とかとは、程遠い位置にいるような子供だったから、最近のこの精神の成長には目を見張っている。
どうやら、自分なりに「向上心」があるようで、私はそれを密かに頼もしく思っている。
私は、変に賢くて、ずるくてすぐに諦める子だったから。おかげで、ついに逆上がりの感覚も知らず、大人になってしまったよ。
ちなみに、息子はあれ以来、一度も逆上がりはできていないんだそうだ。たった一度の、その感動を教えてくれてありがとうね。
息子はきっと、ひとりで逆上がりができて、ぐるりと世界が回った、あの瞬間のことを、ずっと覚えているんだろうな、と思う。