いつかのいつもの
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Perch.のお手紙 #107
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6月8日からはじまった「いつかの朝」展もあっという間に後半戦。
今日は私のソウルメイトでもある森亮介くんの朝をご紹介します。
余談ですが、今回書いてくれたお友達は、押し並べて本を読む習慣のある人たち。
お料理を作ることが好きな人は、おいしいものを食べることが好きな様に。
素敵な物語を紡ぐ人たちは、読むこともきっと愛しているんだろうな、と思ったり。
「いつかのいつもの」
最寄駅に着く頃にはすっかり朝真っ盛りになっている。あっという間に三ヶ月経って、朝のぼーっとした頭でも乗り換えを間違えなくなったし、物思いに耽りながらでも目当ての出口から出て来られるようになった。地上の改札を抜けると、すぐにホコリとカビの匂いから解放されて、乾いた木の香りがする。この街の好きなところの一つ、どこにでも木が沢山茂る公園が真横にあるからだ。
駅から出ても足は迷わない。そのまま自然と正面のコーヒースタンドに向かう。これも毎朝同じ、注文のカウンターにはすでに列が出来ていて、各々の毎朝のメニューを頼む。混んだカウンター前では店員に聞こえなくて半ば叫ぶ。
次の次の次は、僕の番だ。まだまだ発音が悪いのか、そもそもの滑舌が悪いのか、普段の会話でも聞き取ってもらえない事が多くて、言葉を発するのに緊張がある。だから待っている間は、舌の上で、何度もいつものオーダーを無音で繰り返す。たった二つのメニューを何度も繰り返す。おっと、もう次は僕の番。緊張が伝わるとなんだか恥ずかしいから、ウィンドーの中のケーキを見ているふりをして、まだオーダーの練習を繰り返す。
ついに来た。一歩進んでカウンターの真正面、朝の忙しい時間、ただでさえ忙しない街なのにモジモジしている時間なんてもらえない。さぁ、言うぞ、何回もこっそり無音で繰り返した、たった二つの単語。コーヒースタンドで注文するのに意を決するなんて、本当に馬鹿みたいだけれど、あの頃はそんな事の繰り返しだった。
最初の一音を緊張混じりで発しようとしたその瞬間、毎朝見ている正面のその顔が、
「おはよ、いつものグランデ・ラテとマーマイトサンドでしょ?」
「う、うん。」
「OK、隣のカウンターで待ってて。」
呆気なく僕の目の前にはすぐにいつものラテとホットサンド。パニーニのホットサンドの中身はこの街に来てすぐに覚えたマーマイトとチーズのスプレッド。マーマイトは毛嫌いする人も多いみたいだけれど、僕は気に入って、大きめの瓶を一つ買った。
何もかも新しいと思っていた街に、いつの間にか「いつもの」が出来ていた。いつまでもどこか旅の最中だと思っていたのに、そこに暮らしが生まれていた。新しい街で自分だけに出来た「いつもの」を、誰かとほんの少し共有出来た事が無性に嬉しくて、その朝は三ヶ月繰り返したいつもの朝なのに、これまでで一番特別な朝になった。
そんなささやかないつもの朝を、真夜中、電気もつけずにあの街から遠く離れたベッドの上で思い出している。少し眠って、また来る朝をとりわけ楽しみにしながら書いている。
明日のいつもの朝は、これから先のいつかの日、特別な朝になるかもしれない。