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ミルク 第4話(全5話)
何かの足しにもならずに生きて、何にもならずに消えていく。
それが人間であり人の世の常であると思って生きてきたけれど、
わたしがいることを喜ぶひとがすぐそばにいるという心地よさの話をしようと思う。
わたし自身が繰り返す哀しみを照らす灯になれたかどうかはさておき、あの年、事件は起きた。
過去にするにはあまりにも哀しい未曾有の悲劇、身内の不幸、複雑な人間模様、激務による疲労困憊、これらのすべてを解決に導く糸口は、彼との同棲だった。
つかの間、彼の日常を救う。
それが、それだけが目的だったような気もするが、月日は流れ、あるいは一緒に過ごした時間の長さが功を奏した(はたまた逃げ場を失った)のやもしれない、今となっては答えはどちらでもよい。
笑顔のまま泣いているようなそのひとは、ある意味ではわたしを実家の呪縛から解き放ってくれた存在である。地元から抜け出したいとあれほど思っていた幼少期の願いとは裏腹に、実家からほど近い場所であれど、およそオリンピック周期ほどの期間、その同棲生活を送ることとなる。
アイドルとの交際を夢見ていたわたしにとって、
彼との将来というのはあまりに現実離れしていて想像に及ばず、またしても心身の分離を感じていた。
誤解を恐れず言うと、もちろん好きな気持ちはあれど、恋ごころというのとは少し違っていて、でも彼からの愛情を受けるたびにいちだんと女としての感度が上がるわたしを実感していくのである。
結婚願望というのを抱いたことのなかったはずのわたしが、ついにそれと向き合うことになるのは、適齢期の男女が迎える『結婚のキッカケ』ランキング上位に君臨する、仕事の異動。
このまま一緒にいることを選ぶのか、
離れるのか、
一緒にいるイコール結婚か、
そんなような通例に準えて、わたしにも決断のときが訪れる。
ひとりで、生きていきたい。
(そのほうが楽だから)
ひとりで、物想いに耽っていたい。
(そのほうが楽だから)
幼いころから感じていた、この思考を誰かと分かち合うことへの違和感と、苦手意識を纏ってこれからも生きていくことになる自分への諦めと。
彼といることで、何物にも代え難い感情も湧く。
それは、わたしの自己肯定感を高めてくれるセミプロフェッショナルだからだ。
かわいいね、
キレイだね、
髪型を変えても、
ネイルを変えても、
なんでも気づいてくれて、褒めそやしてくれる。
少なくとも一般人で、
彼ほどにわたしを好き続けてくれるひとは現れないことだけは、明確である。
そうしてわたしは、
法令遵守の精神に則り、
婚姻制度を受け入れることとなった。
それはわたしが20代の終わりに決断した出来事である。
命につく名前を「心」と呼ぶなら
特別な感情を持つ者同士が寄り添って生きることを「結婚」と呼ぶのだろうか。
ともあれ、
ひとの、妻に、なりました。
つづく
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