青いひかり

choriさんが死んだ。

死んじゃったのか。

悲しいよりも。寂しいよりも。

一升瓶から最期の一滴の酒が砂に落ちていったさまが視界に広がっていった。

この人が自分を評価してくれなければ生きていけてなかっただろうなという時期が数年あった。

大阪から遠い京都の二条nanoまでわざわざ行って弾き語りをしていたのは、この人の言葉が欲しかったから。

それ故ほとんどのライブにお客さんを1人も呼べなかったことで恥をかかせてるのではという申し訳ない気持ちといつか恩返ししたい思いがあった。

『ソロミュージシャンとして過渡期の感がある服部真希はどんどん変わりゆくさなか。自傷、DV、セックスなどショッキングなワードが印象に残りがちだけれど、しっかりしたドラマツルギーと丁寧に変遷してゆく視点のカメラワークが身上。』

二条nanoに出る理由はHPのスケジュールにこのような出演者紹介を書いてくれるところにもあった(この文章を書いてくれたのはchoriさん)。

いつもちょっとだけ怖かったPA兼店主のモグラさんが私の歌詞に関して一言くれた事があった。

照れ隠しで笑って返してしまったことを未だに後悔している。

くぴぽでボロフェスタに出演した時「ありがとうな。」と笑顔で言ってくれて、あの時あんな失礼な返し方した自分にそんな顔してくれるんだと思って「あの時モグラさんが言ってくれた人前では言いにくかったかもしれないあの言葉、褒められてるのか怒られてるのか分かんなくて、笑って返してしまってすみませんでした。」と言いたかったけど、やっぱり言えなかった

「そういえばchoriさん、元気ですか?」

そんな世間話でもすれば良かったけど、元気では無いことはあの人の周りに居た人なら誰もが分かっていた。




色んな体制でのchoriさんのライブを観たけど、オケで1人板の上に立つchoriさんが自分は1番好きだった。

詩人と自称してステージに立つ彼には大きな翼が生えていて、その様は天使でも無く鳥でも無く、天狗のような妖怪の類いに近いような恐ろしさを内包していた。

決して白くは無く、時間が経ったカーペットのような少しだけ濁った色の大きな翼。

歌にこんな表現があるんだと心から感動した。

針で刺されるような不安と日々磨耗していく誇りを胸に弾き語りをしていたあの頃、私はくぴぽというコミックアイドルまがいのものを始めた。

全然売れてはなかったけどバンドや弾き語りよりはライブの評判が良く、調子の良い時はお客さんが3,4人ほど来るようになった。

そんな折、くぴぽのドキュメント映画が制作されることとなり、そこで私は敬愛するchoriさんにコメントをお願いした。

choriさんの前ではいつも誇りを持てたから情けない自分の不安なんて口にも出したことが無かったけど、しばらく見ないうちに変わり果てた自分の姿を見せるには勇気が要った。

お兄さん。
僕、頑張ってます。
こんな恥晒しみたいな姿見られるの後ろめたいけど、でも、頑張って、生きてます。
音楽、続けてます。

そんな手紙を送りたい思いと、やっぱり私はまた褒められたかった。




『世界でいちばん美味い酒は、
どろっどろの二日酔いで「やばい死ぬもう死ぬすぐ死ぬ」と
へたばりながら呑む冷えた缶ビールだとおもいます。

アイドルとはある種のオブセッション――強迫観念的な悪夢を、
別の呪いで転送することによって得た動力で呼吸しているのかもしれない、と
この作品を観ながら考えたりしました。
もちろん、どろっどろの二日酔い後のあいつとともに。

「存在意義はない、けれど誰とも似ていない」

うん。真希くん。
きみは自分で自分に呪いをかけたんだね。

でも、そのおかげで視力0.03のぼくの目にもぼんやりきみの姿が映るようです。

さきほどの論法を逆説的に用いるなら、
世界一美味い酒を呑もうとおもうのであれば、
まず二日酔いにならなければいけないわけで。

ぼくが1杯目に口をつけたところで映像は終わりました。
でもそんなことはどうでもいいじゃないか、が正直な気持ち。

きみたちが好きなひとたちのことを、
それからきみたちを好きなひとたちのことを、
もうちょっと知りたいな。
などと詩人は供述しており、ビールはよく冷え、
世界はどんぶらこっことグラスの縁をまわる。

明日はいい二日酔いになれそうです。
やばい生きるもう生きる。すごく生きる。』




1文字1文字を宝物のように心に染み込ませた。

しかし、このコメントは数年間、私にとって呪いの言葉となる。

「真希くん。きみは自分で自分に呪いをかけたんだね。」

何でわかったんですか?

この言葉の意味に気付いたのは1年ほど経った後だった。




数年後、『絶対結婚しような!!!!』というアルバムのコメントを依頼した。

しかし、choriさんにとってこれはかなり大変な作業だったようで「服部真希以外のくぴぽとしての要素が強くて服部真希の詩というものを捉えづらい」というようなことを言われた。

かつての服部真希の詩を評価していたからこそのお言葉で有り難い気持ちもあったけど、それ故に悲しい気持ちにもなった。

そんなの取り除いてちゃんと僕の詩を見てくださいよ。
あの時褒めてくれた服部真希がちゃんと奥底に居るから、絶対ちゃんと居るから、もっとちゃんと感じてくださいよ。女の子の声があっても。僕の作曲じゃなくても。見つけてくださいよ。
僕の詩を。
僕の死を。
あの夜みたいに。
成長したから褒めてほしいです。
choriさんほどの人ならちゃんと掬(すく)って見てくれるでしょ。
何でそんなこと言うんすか。
そりゃ無いっすよ。
悲しいっすよ。

どうしても評価してほしかった自分はお互い丁寧で気を遣い合ったやり取りをしつつも、アルバムのコメント企画は無しでいいので個人的に意見を聞きたいなどと食い下がったが、それからchoriさんからは自然と返信が無くなった。




いつの日からかchoriさんはライブに来てほしいという旨をとてもかっこ悪い形で発信するようになった。

そんなこと書かなくてもchoriさんのステージならちゃんとやったら絶対広がるはずじゃないですか。
誰かの子孫とか、昔どんなことを成し遂げたとか、今売れてる誰かとよくやってたとかも別にどうだっていいっすよ。
そんなのよりももっと美しいライブをあなたはできるじゃないですか。
ブッカーとしての説教ツイートは的を射てるかもしれないけど、choriさんだってそんなツイートしてちゃライブ観たいって思ってもらえないっすよ。
とりあえず難しい言葉ばっかりで何書いてるのかほとんどわからないっす。
そんな呪いみたいに難しい言葉使って踏んで縛ってなんてせずに、あの歌みたいに、あの夜みたいに、ちょうどあなたの服装ぐらいにもうちょっと緩く結んだあなたのじんわり染み込んでいくあんな言葉で、あのステージで起こした夜みたいに。

それがいかに難しいことなんだろうなというのも何となくわかっていた。

私は板の上での彼と、演者数人しか居ないフロアで微笑んでいる彼しか知らないから。

だって私はあんなにお酒が好きなchoriさんの酔っ払ってる姿なんて見たことなかったから。

優しくて包容力があって自分の知らないことをいっぱい知っていて決して届かない弟分から見た兄さんのchoriさんしか知らなかったから。

それでも今の私をあなたに認めてほしかった。

後輩として頑張ってるとかじゃなくて。

バンドマンが魂売ってアイドルの曲書いてるとかじゃなくて。

同じ詩を書く人間として。




「『青いひかり』を元に作った曲がくぴぽにあるんです」と伝えた時のchoriさんの顔、もう思い出せないけど「ありがとう」とか「嬉しいよ」と言ってくれた気がする。

でも、心の中はよく分からなかった。

背が高くて髪は長くて身体は痩せていて目は細くて声は高め。

微笑んでくれたけどその奥は空っぽの空洞みたいだった。

choriさんが死んでリポストもいいねもとんでもない数になっていた。

そうなる前にライブ来てくれってchoriさん言ってたよね。

でもたとえ明日choriさんが死ぬって分かってても結局みんなライブには来ないと思うよ。

ライブハウスはさよならの場所じゃない。

でも、じゃあこれでよかったのかな。

1桁しかいいねが付いてなかったツイート群にあなたが死んでからお悔やみ程度に2桁付く。

そんなの何のはなむけにもならないっすよね。

ズルいっすよ。

僕も死にたいっすよ、choriさん。

ちなつさんとカーミくんに呼ばれたあの日、あと1,2時間早めにVOXhallに行ってたら、会えてたらって思ったけど。

でもきっとこれで良かったんだと思うことにします。








そんなことが起こることを知る由も無かったその日の前日。

私は限界を迎えていた。

新しく披露するカバー曲『チュッ!夏パ〜ティ』の振り付けがいくらやっても頭にも身体にも入らなかった。

1人で泣きそうになりがら途方に暮れていたのは恐らくそれが原因では無くきっかけの1つで、もう疲労の限界が来ていた。

眠れない日々が1ヶ月以上続いてるせいなのか痩せかけてた私の体重は一気に人生最高の数値を叩き出し、人前でこの身体にあの衣装を着ることを考えると気が狂いそうなほど絶望的な気持ちになっていた。

本番は22時間後。

あやぴぃとしゅりに何とか手伝ってもらったグループ練習を終え、朦朧とした意識の中で予約した個人練習のスタジオの時間は90分。

私はその90分全てをスタジオの冷たい床で過ごしてしまった。

もう明日のライブはダメかもしれない。

都合の良いタイミングで久しぶりに動かした左足が少しだけズキズキしてくる。

とりあえず、帰って、寝よう。

起きたら、考えよう。

付けっぱなしのテレビから聞こえるジブリ映画のキャラクターが私になにか言ってきた気がしたが、そんな年端も行かぬ女の子にすら返事できないほど私は疲れていた。

起きたら4:00だった。

いける、かも、しれない。

いや、たぶん、いける。

やらなければ。

昨日の女の子が魔法をかけてくれたのかもしれない。

さっそく家具を強引に動かして鏡を固定し、咄嗟に思い出したダンスの先生に教えてもらった動画アプリのボタンを押し、0.6倍速から順に5%ずつ速度を上げる。

こんな思いまでして周りに迷惑をかけるぐらいなら私は辞めた方がいいかもしれない。

時間が無くても身体がボロボロでも恥ずかしい姿を晒しても、かっこ悪いまま、やり続けなきゃ意味が無いんだよ。

そんな2つの思いを天秤にかけながら5%ずつ加速してく再生速度は0.9倍速に達し、私は泣きそうになりながらそれを繰り返し踊り続ける。

覚えられない。

やっと覚えたのに最初からしたらまた忘れてしまった。

時間が無い。

さっき何回も踊れたのにまた忘れてしまった。

早く覚えなきゃいけない。

1回も間違えてなかったのに急に分からなくなってしまった。

時間が無い。

やばい。

やっぱり、ダメかもしれない。

少し頭を休めようと思い、動画アプリを閉じ椅子に座ってXのボタンを押す。

汗で少し濡れたTシャツが中古の椅子の背もたれに触れて少し気持ちいい。

買ったばかりのミッフィーのコップに入れた氷水を一気に半分ほど飲んで視線を落とした時、視界に飛び込んできたのはchoriさんの訃報だった。








その日は浴衣を着てのイベントだった。

自分で決めたくせに「浴衣めんどくせーな」と思いつつも、紐や帯でギュッと縛られる感覚は身体がシャキッとしてとても好きだ。

いざ着てみると自分で選んだ浴衣も似合ってる気がして「可愛いかもしれない」と思った。

初めての会場である渋谷のClub Malcolmは程良い狭さで音も良くて、ステージの形は歪でメンバー6人では多少やりにくかったけど内観も良くて好きな場所かもしれないなと思った。

トークパートをホシナちゃんに任せてよかった。

久しぶりのトークイベントだったけど今までで1番みんながちゃんと喋れてたと思う。

新曲はちゃんと踊れたとは言えなかったかもしれないけど、あの絶望的な昨夜を考えると多少はマシだったと思う。

今日のイベントで短くて長い1つのフェーズが終わる。

嫌いな夏が割と好きになってきた。

あなたが夏が好きと言ったからだ。










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